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 内山田はむすっとした表情になり、ウインカーを点滅させる。翔一は前部のウインカー点検を終えると、内山田の視界から逃れるようにして車の後部へ移動する。 「方向指示器の点検、終わりっ」  まるで翔一の声を待っていたかのようなタイミングで、甲高い電子音が、間延びしたテンポで車庫内に響き渡った。救急出動の予告音である。  出動指令は、まず予告音が流れる。災害だったらピッピッッピというテンポの速いものが、救急であればピーピーピーという具合で間の長いものが流れる。それによって署員は出動の種類が災害か救急かを聞き分け、心の準備をするのだ。  翔一は、ぶるっと武者震いをしたあとで、素早くスライドドアを開き、乗り込む。ドアは開けておけよと内山田に言われ、あ、はいと従う。よく考えればわかることだが、指令は車庫内のスピーカーから流れる。ドアを閉じれば聞き取りにくい。 「来たぞ来たぞっ、歓迎されてるねえ、朝井君よお」内山田が運転席から身体を捻り、楽しそうに翔一に声を掛けた。  翔一はそれには応えず、出動先番地を控えるために、胸ポケットからメモ用紙とペンを出す。はっきり言って、内山田に応えている余裕がない。冷静にならなければ、指令番地を聞き漏らしてはいけないと身体全体を耳にしてスピーカーに全集中力を向けた。
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