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 うずくまった母は、げええと言いながら、四つんばいになった。そこからゆっくりと立ち上がろうとしているが、なかなか先に進めないでいる。髪が乱れて顔を覆っているので表情は分からない。  母は、二十歳そこそこで翔一を生んだ。翔一が六つか七つの頃に離婚し、以来昼夜を問わず、女手ひとつで自分を育ててくれた。こんな姿を見るのは初めてだった。  デイバッグの底に、隠れるように張り付いていたスマートフォンをようやく発見し、十六年間の人生で初めて一一九番をコールした。指に力が入りすぎてうまく番号をタッチできなかった。三回やり直してようやくつながった。 「はい、一一九番です。火事ですか? 救急ですか?」  呼出音一回で、やや甲高い、一本調子の声が応えた。翔一は、声が裏返らないように咳払いを何度かしてから声を出した。 「き、救急車です、お、お、お願いします」 「どうしましたか」  間髪入れずに向こうは問いかけてくる。言いたいことを整理しようとするがまとまらない。頭の中が真っ白になってしまった。 「は、母親が、倒れました、お、お願いします」やっとの思いでこれだけ言った。
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