両想いのつもりでいたのはどうやら私だけだったらしい。

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 両想いのつもりでいたのはどうやら私だけだったらしい。  ぼんやりとそんなことを思う、壁の花となった私。  クリストファがエスコートしてくれるものと期待に胸を膨らませ待っていると、どこかの令嬢たちが寄って来て教えてくれた。  ほら、ごらんなさい、と。  彼女たちが指し示す、ホールの中央で踊る美しい二人。  クリストファの色を纏いクリストファと揃いの花を胸に着け、頬を染めてクリストファを見つめる妖精のような彼女。柔らかな表情で慈しむ様に微笑む、クリストファ。  見つめ合い視線を絡ませる二人は、流行りの物語に出てくる主人公のようだった。  クリストファは金髪に青灰色の瞳で、物語の王子様のような顔立ちをしている。こうして夜会に来る度に令嬢達が踊って欲しいと列を成すほどの人気だ。  だが今日のお相手はそんな令嬢達とは扱いが違い、続けて三曲も踊っている。  お節介な周囲が言うには、あの二人はこれから婚約発表を行うのだとか。家の決めた婚約に縛られたクリストファが見つけた最愛は、私ではなく美しい彼女だと。私は二人の前に立ち塞がる障害なのだと。令嬢たちは彼らを庇い、彼らの邪魔をする私をみっともない、哀れだなどと笑う。  領地が隣同士でお互いの両親が仲のいい私たちは、子供の頃から婚約が決まっていた。ただ、クリストファが成人し領地経営を身に付けるまでは正式に婚約はしないという話だった。だから私たちは婚約を約束しただけの、書類上何の関係もない二人。  そうなのね、そういうこと。  家の決めた相手でも上手くいっていると思っていた。これまで贈り物もたくさん貰ったし、花も贈られた。愛の言葉はなかったけれど、クリストファの眼差しや会話の端々で愛されているのだと感じていた。  でもそれも、私が勝手に思い込んでいただけだったのだ。  私はそっと、人目を避ける様にホールの隅に移動した。だって、見られてはいけないから。これから婚約を発表する二人の邪魔をしてはならないから。  見た目も地味でこれと言った特徴のない私に出来ること。  それは、察すること、それだけ。   周囲の私を見る気の毒そうな視線に後押しされるように、私はホールを出た。クリストファと同じ花を着け彼の色を纏った私など、この場には相応しくないのだから。  バルコニーから庭に降り立つ。  このまま馬車停まりに戻り帰ろうかと思ったが、庭の美しさに足を止めた。  柔らかな明かりに照らされ夜の闇に浮かぶ木々、キラキラと光の粒のように煌めく噴水の水飛沫。優しく吹く風が火照った頬を冷まし、空に浮かぶ月が庭を、私を明るく照らしていた。  美しさに見とれているとホールからわっ、と歓声が上がった。婚約が発表されたのだろうか。  そもそも婚約していないのだから婚約破棄も解消もない。ただ、彼らは彼らの婚約を発表すれば良いだけだ。その場に私がいる必要もないだろう。  私は遠くから聞こえるざわめきを聞きながら月を見上げ、ぼんやりと思った。  …………まじでふざけんなよ、…と。  そもそもクリストファが悪い。絶対。  決定的な言葉は何も言わず思わせぶりな態度を取って来たクリストファ。贈り物には必ず手紙を付け花束と共に花言葉を綴ったカードを贈る。つないだ手が汗ばんでいることを伝えると、気まずそうな顔を見せ、緊張していると言って笑った。  二人で郊外へピクニックにも行った。早起きしてお弁当を作って、帰りの馬車では疲れてクリストファに寄りかかって眠ってしまった。私の平凡な栗色の髪を美しいと言って優しく手で梳き、白く細い美しい手だと言って指先にキスをした。  そう!キスだってした!庭の大きな春楡の木の下で、私は初めてのキスをしたのだ。  そんなの、勘違いしてもおかしくないでしょう!?私は悪くない、絶対に!  そもそもあれは全部演技だった?そんな器用な男だった?鍛えてばかりの脳筋のくせに?私は運命の人とやらに出会うまでの繋ぎだった?私は役割を終えたってこと?  いやちょっと待って、何それ酷くない?馬鹿にするのも大概にしてほしい。  察したつもりが私のただの勘違いだったって言うの?  そういえばこれまでに何回か、男同士の付き合いだから夜会には来なくていい、とやんわり匂わされ、私は度々欠席したことがある。  王家主催の狩猟大会にも、狩りは危ないから…と口ごもるクリストファを見て、私を心配してくれてのことだろうと思うことにして欠席した。  後から、狩猟大会ではちゃんと天幕で待つ場所があり、女性は女性の社交の場があるのだと聞いた。  そして、大会で優れた結果を挙げた者には褒章が与えられ、それは妻や婚約者から手渡されるのだとか。かなりの成果を挙げたクリストファは一体誰に手渡されたのだろうと遠回しに聞いてみたが、眉間に皺を寄せるだけで何も言わないクリストファに、それ以上機嫌が悪くなられたら嫌だと思い聞くのをやめた。  私が同席しない場でクリストファは一体誰といたのだろうと、頭の片隅に浮かんでも気付かないフリをして押し殺して来たその答えが、今夜この場で分かったのだ。  子供の頃から言い回しや雰囲気で察しろと言われ育って来たし、教えのとおり考えを察し先回りをすると大人たちは喜んだ。  だからそれが正解なのだと思っていた。  クリストファが何も言わなくても、私のことを好きだと、想い合っていると信じていた。  私がクリストファを好きなことも、伝わっているのだろうと。  頭の中がグルグルぐちゃぐちゃ、纏まらない。駄目だ、もう帰ろう。  胸に刺した花を抜き、噴水に浮かべる。  私の好きな花。  分かっていてこれを指定したのだと思ったのに。  …………いや、ちょっと意味が分からない。  婚約者とお揃いにするなら私にこの花を指定しなくてもよくない?  なんだろう、私を悪者にして盛り上がりたかったとか?何あいつ、そんな嫌な男だったかな。いやいやいや、そんな小賢しいことが出来るような器用さはないはず。だって脳筋だからね? 「はーあ。だめだもう、帰ろう…」  考えることを一旦放棄して、腰掛けていた噴水の縁から立ち上がりドレスの裾を払って顔を上げると、バルコニーを飛び降りる勢いで駆け降り、ものすごい形相でこちらを睨みながらクリストファが走ってくるところだった。  げ、ヤバい。  あの顔は相当怒ってる。  普段は柔和な顔の優しげな青年を装ってるけど、本来は短気で粗野な性格。口も悪く貴族と言えど所詮は田舎者なのだ。私たちは。  逃げようと踵を返すが遅かった。腕を掴まれ強く引き寄せられる。よろけて思わず胸に縋るような体勢になった。  クリストファの香りと体温を感じて、チクリと胸が痛む。 「どこ行くんだよ」  さっきまでの柔らかな表情と口調はどうした。  そもそもなぜこの男が怒っているのだろう。怒るのは私の方じゃない? 「帰る」 「なんで!」 「つまらないから」 「つ……っ!」  眉間に益々皺が寄る。もう顔が怖すぎる。傍から見たら完全に襲われてるように見えると思う。誰か助けてくれないだろうか。 「……花は」  無言で噴水に視線を向けるとクリストファもそちらに目を向けた。途端、腕を掴む力が強くなる。  痛い痛い痛い、ちょっと! 「…落ちたのか」 「捨てました」 「はあ!?なんで!!」  だから、何でなんでって聞くの?この人。痛いんだってば、腕! 「帰るし、萎れたし」 「なんで黙って帰るんだよ!」 「邪魔しちゃ悪いと思って」 「はあ?ダンスか?待ってりゃいいだろそんなの」 「待ってどうするの」 「は?どうって…」 「私、結構待ったけど」 「……悪かったよ、高位貴族ばっかりで断れなかったから」 「別に、私なんかに声掛けてくる人いないから一人でもいいんだけど、友達も居ないしいい加減待ち飽きたの」 「だから、悪かったって!」  謝ってるのか怒ってるのか。月明かりに照らされてクリストファの金色の髪がキラキラと眩しい。 「もう分かったから、手、離して」 「駄目だ」 「痛い」 「あ、悪い…」  パッと力を緩め腕を離す。思わず掴まれていたところを摩った。これ絶対赤くなるやつ。馬鹿力め。 「じゃあ帰るから」 「だから駄目だって!」 「なんで?」 「なんでって…っ!分かんだろ!?」 「分かりませんが」  本当に意味が分からない。戻って何がしたいわけ?  わざわざ田舎から出て来てまで今夜の夜会に出席したのは、クリストファがいずれ爵位を継ぐにあたり顔を覚えてもらうため。私が一緒にいる必要はない。 「も、戻って…踊ろう」  モゴモゴとそう言いながら視線を逸らす。  いやほんと面倒臭い。あの視線の中で踊れって?田舎の令嬢と何が楽しくて踊るの?嫌がらせ?私なんかしたかな?…しなくもない、かもしれないけど。 「嫌」 「はあ!?」 「なんであそこに戻って踊らなくちゃいけないの」 「ふ、雰囲気とか、大事だろう!」 「仰ってる意味が分かりません」 「その口調やめろ!ていうかなんだよその死んだ魚みたいな目は!」 「そんなに踊りたいなら貴方と踊るのを順番待ちしていた令嬢方と踊ればいいでしょう。わざわざ私じゃなくても」 「…妬いてるのか?」 「…………は?」 「妬いてるのか。…そうか」  見上げるとニヤリと口端を上げ私を見下ろすクリストファと目が合った。  私はその顔を見てカッと顔が熱くなった。  羞恥からではない。  怒りで。 「妬いてません」 「妬いてる」 「妬いてないって言ってるでしょ」 「じゃあ何拗ねてんだよ」 「拗ねてない」 「拗ねてる」 「ああもうっ!面倒臭い!なんなの一体!」 「それはこっちの台詞だ!」 「私は貴方と踊る気はないし疲れたからこのまま帰るって言ってるの!ただそれだけ!」 「せ、折角ここまで来たのに何もしないで帰るのか!?」 「クリストファが連れて来たんでしょう?私は別に好きで来たんじゃないから」 「はあ!?喜んでたじゃないか!」 「喜べばクリストファが喜ぶでしょう」 「な…っ!!」  売り言葉に買い言葉だ。ちょっと言い過ぎた気もするけど私の受けた衝撃を考えたらこれくらい可愛いものだ。わなわなと身体を震わせ怒るクリストファの顔を見てどんどん気持ちが冷めていく。  別に煌びやかな場所が好きな訳ではない。都会に憧れもないし、ドレスやアクセサリを買うよりも美味しい紅茶を飲みながら読書をする方が好きだ。知ってると思ったのに。 「婚約発表はしたの?」 「………は?」  ピタリとクリストファの表情が固まった。顔色は月明かりでよく分からないが瞠目したその瞳が怖い。 「貴方が婚約発表するって聞いた。で?発表したの?」 「……だれ、が」 「誰って…貴方と、んーごめんちょっと名前分かんないけど、さっき踊った令嬢と?」 「は?」 「なんかそうだって言ってたけど。周りの人たち」 「そんな訳ないだろう!!」  耳がキーンてなった。声でっか。  クリストファは真っ赤な顔で怒っている。多分。やっぱり暗くてよく分からない。 「な…っ!何言ってる!」 「何か違うの?」 「何もかも違う!俺は誰とも婚約しない!いやっ、誰ともっていうか…!」 「えー、不誠実」 「はあっ!?」  あんなに見つめ合って思わせぶりな態度を取りながら、婚約しないなんて。彼女もこの男の思わせぶりな態度に振り回されたのだろうか。そう思うと何だか仲間意識が芽生えてくる。友達にはならないけど。 「とにかくもう、私はここに用事はないし疲れたから帰るの」 「…っ、じゃあ一緒に帰るっ」 「いやいや…クリストファの顔見せの為にわざわざここまで来たんでしょ?挨拶して回らないと駄目よ」 「主要人物には大体済んだからいい」 「子供」 「どっちがだよ!」 「私の何が子供だって言うのよ!」 「俺が他の女と踊ってんのが気に食わないだけだろ?」 「全然違うし女って言うな!令嬢!」 「関係ねえよ!俺には…っ!お、おま…お前が…っ」 「お前って言うな!」 「今そこ指摘すんなよ!」 「早く戻ってちゃんと社交してきなさいってば!」 「だから一緒に戻ろうって言ってんだろ!?」 「だから私は関係ないって言ってるでしょ!?」 「関係ない訳あるかよ!」 「なんで!?」 「なんでって…っ!」  そこでまたクリストファはもの凄く凶悪な顔をしてブルブルと震えた。  ふと、クリストファのそんな様子を見てなんだか見覚えのある顔だと思った。  これは、この顔は…そうだ。怒った顔じゃない。怒りに震えている顔じゃ、ない。  私に初めて花を持って来てくれた、まだ幼かったクリストファ。どんな花が好きか分からなかったからと、色とりどりの花を庭から選んで待って来てくれたクリストファは、なぜか眉間に皺を寄せ赤い顔をして怒っていた。  何を怒っているのか分からなくて、その日は悲しくてあまり会話が出来なかったけれど、後からクリストファのお母様があれは怒っているのではなく恥ずかしがっているのだ、と笑いながら教えてくれた。  そう、もの凄く恥ずかしい時の顔だ。  ああ、ここでまた、察しのいい私は気が付いてしまった。  クリストファが何故今夜私を連れてきたのか。  何故、こんなにも一緒に戻ろうと言うのか。何故私にクリストファの色を纏わせ、揃いの花を用意したのか。  ……あの令嬢も同じ花を身につけてた意味はちょっとまだ分からないけど。  私は心の中が温かいを通り越して熱くなるのを感じた。まずい、なんか泣きそう。でもだめ。察しちゃだめよ。ちゃんと言葉で聞かないと。  私だって、人並みにはっきりと言葉にして欲しいと思うのだから。  優しく、甘い想いを。 「分からないわ」  もう一度、ゆっくりとクリストファに伝える。  クリストファがごくりと息を呑んで喉が上下するのが見えた。ああ、今日の正装も素敵だな。やっぱり…素敵な人だ。単純に顔が好みなのよ。 「………じゃあ、分からせる」 「え?」  突然視界が揺れた。  身体がふわりと持ち上げられ、クリストファの胸に頬を寄せていた。 「ちょ、ちょっと!?」 「暴れんな、落ちるぞ」  私を横抱きにしたクリストファもとい脳筋男はそのままズンズンと屋敷に戻って行った。 「ちょっと!なんのつもり!?」  クリストファは私を横抱きにしたまま無言で回廊を早足で歩き、私はすれ違う人達の視線が恥ずかしくてずっとクリストファの胸に顔を埋めていた。  ガチャリと扉が開く音がして顔を上げると、見知らぬ部屋。乱暴にベッドへ降ろされたけど、高級なベッドなのだろう、身体が思ったよりも弾んだ。  慌てて身体を起こすと同時に、クリストファが圧し掛かって来た。 「ちょ…っ!!」  乱暴に唇を塞がれる。  これまでの触れるだけのキスなんてただの挨拶だったのか。そう思わせるくらい乱暴に激しく求められる。喰らいつくように唇を食まれ歯を立てられ、下唇を吸われて思いがけず互いの柔らかさを感じた。息が苦しくて顔を逸らし空気を求めると、そこにまた唇が捕らわれ、ぬるりと熱い舌が口内に差し込まれる。 「んんぅっ…」  舌が口内を蹂躙する。擦り、這わせ、吸い上げる。ぐちゅぐちゅと卑猥な音が頭に響き、もう私はパニックだった。  ドンドンと胸を叩いてもビクともしない。  やがて、クリストファの手が私の腰を撫でゆっくりと上がって来る。ドレスを着ていても分かる、掌の熱さ。  そこでやっとクリストファの意図が分かった私は思いっきり、………クリストファの顔を拳で殴った。 「ぶぉっ!!!」  クリストファは聞いたことのない変な声を上げて、私の上に跨りながら両手で顔を覆い悶える。 「どいてよ!!なにすんのよ馬鹿!!」  怒ってる、私は怒っているのに、どうしてこんなに涙が零れるのか。  悔しくて悔しくて、両腕で顔を覆った。泣き顔なんて見られたくない。こんなことして欲しいんじゃないのに。 「分からせるってなに、こういうことして黙らせるつもり!?」 「そ…っなわけ…っ、ぐ…っ、こ、拳で殴るなよ…っ」 「こういうことはっ、…っ好きな人同士でするもんなのよ!!」 「…分かってるよ!!だからするんだろ!?」  クリストファの大きな声に身体がびくりと震える。 「…リア。……リリアリア…俺とこういうことするのは…嫌か…?」  掠れた声。  クリストファが何を求めているのか、分からない私ではない。  でも今は、応えたくても泣き声が漏れてしまいそうで返事が出来なかった。クリストファは何も答えず顔を覆ったままの私の上にゆっくりと覆いかぶさり、私の首元に顔を埋めた。クリストファの髪が首にかかり熱い吐息がかかる。 「…リリアリア……」  震える声で私の名前を呼ぶクリストファは、優しく私の髪を撫でた。 「お願いだから、………俺のこと好きって言って…」  ああもう、神様。  どうしてこんなお馬鹿で何にも分かってない奴を私の元に寄越したのですか。私だって人並みに愛の言葉を聞きたい、願っているのはそれだけなのに。  それすら叶えてくれないこんな奴を、どうして好きにさせたんですか。 「…何よそれ…っ」 「リア、リア」  ちゅ、ちゅっと頬に首にキスをする。熱い吐息が首を掠め、唇が這うその感覚に身体が痺れた。顔を覆っている私の腕を優しく掴み、そっとどける。ギュッと目を瞑った私の眦の涙を吸い、唇で宥める様に涙の跡を追う。  目を開くと、青灰色の瞳が今にも泣きだしそうな顔で私を見下ろしていた。  ……鼻血出てるけど。大丈夫かしら、鼻曲がってない?  クリストファはグイっと手の甲で鼻血を拭き取る。鼻血が横に伸びた顔を見て、私はぼんやりと領地にいる弟たちを思い出した。  …いい子にしてるかしら。 「…ひどい顔」 「誰のせいだよ」 「…私もお化粧が台無し。…お互い様ね」  すん、と鼻を啜って自嘲する。ごめんなさい、令嬢らしくなくて。  そんな私の頬に掌を寄せ、壊れ物を触るようにクリストファは指で涙を拭った。 「…リアは何してたって綺麗だ」 「…!」 「化粧なんてしてなくても、ドレスじゃなくても、いつでも誰よりも綺麗だ」 「なに…」 「リア」  またゴクリ、とクリストファの喉が鳴る。 「……俺と結婚して」  私は条件反射で右手をクリストファに向かって振るった。クリストファは今度は私の拳を受け止める。 「あっぶな…!だから!拳で殴ろうとするなって!なんなんだよ!!」 「アンタこそなんなのよ!」 「そんなに俺と結婚するのが嫌なのか!?」 「そんな訳ないでしょ!!」 「!!」 「何全部すっ飛ばして結婚とか…!私、クリスから何も言われてないんだからね!!」 「何もって…お、おい、リア」 「ば…っ馬鹿にして…っ」  もう駄目、全然駄目。涙が溢れて止まらない。  この馬鹿、脳筋。  どうして好きのひとつも言えないの!本当に! 「こんな…っ、こんな体勢でっ、言うことじゃないでしょ!」 「お、俺だってこんなつもりじゃなかったんだよ!ちゃんと、ちゃんと今晩ダンスして、お前に…っ」 「お前って言うな!」 「だから!拳はやめ…っ、すみませんね!俺が悪かった!」  クリストファは私の腕を掴んで抑え込むと大きく息を吐き出して、私の手を取り直し、手の甲にキスをした。 「こんな綺麗な手で殴るなよ…ああもう、リアの手の方が赤くなってる」 「…っ、う、…っく、…っ」 「リリアリア、泣くな…なあ。…頼む、泣かないでくれ、リア」  優しく、柔らかく唇を重ねられたそのキスは、血と涙の味がする。でももう、私の嗚咽は止まらない。堪らず目許を腕で覆った。化粧も何もかもドロドロだ。 「今日は…リアと二人で踊った後、あの庭でリアに結婚を申し込むつもりだった。その為に庭の飾り付けを…頼んだんだよ」 「…っ、…っひっく…、にわ…っ綺麗、だった…」 「そうだろ?ああいうのが好きだと思ったんだ」 「…ひっく、…っ、あの、令嬢なに…」 「…あの女、俺がこういう場に来る度に絡んでくんだよ。…リアのこと目の敵にして…ムカつくケバい女だ。なんか香水臭えし」 「3回も…踊ってた…」 「それは本当に…悪かった。あの女の家と仕事で繋がりがあるから…でももう、踊らないで済む筈だ。リアが…けっ、結婚…を受け入れて、くれるなら…」 「へ、へらへら…してた…」 「し、してない!顔引き攣りそうなの我慢したんだよ!マジでしつこいんだよあの女!」 「好き…」 「好きじゃない!あんな女よりずっとリアの方が綺麗で可愛くてっ、だ、誰にも見せたくないくらいおおおっ俺のっ宝物なんだからな!!」 「クリストファ」 「な、なんだよ」 「……好き」 「…、え、あ、…は?」 「クリスが好きなの」  もう、本当に馬鹿みたい。なんなのかなこの人。  雰囲気のある庭園で結婚の申し込み?そんなこと考えてたの?脳筋のくせに。私に好きの一言もないくせに。それならもう、私が言うしかないじゃない? 「クリストファが好き。ずっと、誰よりも好き。もう絶対、私以外の人と踊らないで」  涙でドロドロだけど、腕をどけて至近距離でクリストファの瞳を覗き込んだ。真っ直ぐ目を逸らさず、一度も伝えたことのない私の気持ちをクリストファの唇に吹き込む。お手本だよ、クリストファ。  鼻血を横に伸ばした美丈夫にこんなこと言う令嬢なんて、私しかいないと思う。 「私を一人にしないで」  ついでにちゅ、と初めての私からのキスを贈る。   これでこの脳筋も私に返事を返してくれるでしょう?  目を見開き暫く固まっていたクリストファの顔が、みるみる赤く染まっていき、またもブルブルと震えだした。 「ね、クリス…」 「リア!!」  クリストファはガバッと私を強く抱き締め、首に顔を埋めてグリグリと額を擦り付けてくる。痛い痛い痛い!  ちょっと、鼻血拭かないでよ!? 「リア、リリアリア、…俺の、俺の…」  そう言いながらクリストファは私の首に唇を這わせ強く吸い付き、唇を塞いだ。すぐに口内をクリストファの舌が蠢き、私を追い詰める。 「んっんん~っ」  待って、ちょっと、返事は!?私への気持ちはどうなったの!?  クリストファの掌が身体を撫でまわし背中に回るとぷつぷつとドレスのホックを外しだした。 「…く、クリス…っ、待って、ちょ…」 「リア、リア…はあ、いい匂い…柔らかい…」  駄目だ、全然聞いてないし!  いつの間にかドレスのホックをすべて外され、するりと肩から脱がされた。クリストファは私のむき出しになった肩に吸い付き唇を這わせ舐め上げる。  ちょっと、肩だけでそのしつこさって何!?  時々ピリリと痛みが走る。クリストファは器用にドレスを脱がせつつ身体中にキスを降らせた。この脳筋にこんな器用なことが出来るなんて驚きだ。 「リリアリア…リア…」  何度も何度も名前を囁き、熱い息が吹きかけられて、私の気持ちもどんどん流されていく。ああもう、本当に、どうしてこうも愛おしいのか。  神様、こんな愛おしい人を私に引き合わせるなんて、あなたはなんて意地悪で素敵なのかしら。 「クリス…ん、…ぁっ」  ドレスを脱がされコルセットも取り外されて、自由になった私の人よりもやや豊かな胸にクリストファは顔を埋めた。  何だか分からないけど感嘆の言葉を発して震えている。  クリストファは両掌で下から持ち上げる様にやわやわと揉みしだき、谷間に舌を這わせた。ピリッと刺激が走りその刺激でも身体がびくりと跳ねた。  やがてクリストファの唇が頂に到着すると、入念に頂の周りを舌先でなぞり擽る。その焦らすような動きに、思わず身体を捩った。 「リリアリア」  クリストファに呼ばれ瞑っていた目を開けると、両手で胸を持ち上げ舌を伸ばしたクリストファと目が合う。クリストファは目を合わせたまま舌をぐっと伸ばし、私の頂をぺろりと舐め上げた。 「!!」  突然の刺激に身体が跳ねる。  クリストファは視線を逸らすことなく見せつける様に私の頂を舌で激しく擦り上げた。舌先で弾くように何度も擦り、大きく口を開け、かぷっと口内に含む。強く吸い唇で頂を扱き、私はもう抑えられなかった。 「んんっ、あっ、あ、ダメ…っ、クリス…!!」  クリストファはもう一方の胸を器用に揉みしだきながら頂を指で弾き、摘み、捻るような動きをする。両方の胸に刺激を受け、私はもう喘ぐことしか出来なかった。  聞いたことのない自分の声が部屋に響き、恥ずかしいのに抑えることが出来ない。ジワリと涙が浮かぶ。  ちゅぽん、と音を立てクリストファが胸から唇を離し、でも胸を弄る手の動きはそのまま。 「リア…気持ちいい?」 「や、クリス…あっ、ダメ、あっ」  カリカリと頂を掻くような動きにどうしようもなく身体が反応してまともに答えられない。 「はあ…可愛い…可愛い声、なあリア、もっとしていい?可愛い…もっとその声聞かせて」  唇を大きく塞ぎぐちゅぐちゅとすぐに深いキスをしながら、クリストファの掌が私の太ももを這った。いつの間にかシュミーズは脱がされ、私一人素っ裸だ。  そのことに気が付くと急に我に返った…気がする。  私が裸を晒しているのに、しっかり着込んだままのクリストファ。なんかずるい。  そう思った私は手を伸ばしクリストファのトラウザーズに手を伸ばした。 「!お、おい、リア…!」  クリストファは慌てて身体を離そうとしたけど、私は構わずトラウザーズの上からクリストファの熱い塊を撫であげた。 「!!!」  クリストファは顔を私の肩口に埋めた。  私だって閨のことは学んでいる。男性がどうなるのか、どうしたらいいのかは知っているのだ。  トラウザーズの上からでも分かる熱と固さ、そして大きさ。  そろそろと手を動かし爪で少し引っ掛かりのある部分を掻いた。びくりと大きく身体を揺らしたクリストファが慌てて顔を上げ私の手首を掴む。 「こら、こんなことどこで覚えた」  目許を赤く染め睨みつけるクリストファが壮絶に色っぽい。私は思わずごくりと喉を鳴らした。 「クリスこそ、ドレスやコルセットの脱がせ方、よく知ってるわね」 「誰がこのドレス頼んだと思ってる。細部に至る造りまで頭に叩き込んだんだぞ」  叩き込まなくていいし得意気に言わないで欲しい。  お互い息が上がったまましばらく見つめ合い、どちらともなく柔らかく唇を合わせた。ちゅ、ちゅ、と啄み、名残惜しく唇が離れる。 「リリアリア…もう、絶対手放さないからな。お前以外、俺はいらない」 「…お前って言わないで」 「…すまない」  結局、愛の言葉はないけれど。 「クリストファ…私も、あなたのそばをずっと離れない。私のこと手放さないでね」  するりとクリストファの頬を撫で、首元の釦を外し寛げる。クリストファは唸り声をあげるとまた、喰らいつくようなキスをした。  本当、察しの悪い脳筋男。  神様はこの人に愛という言葉を教えなかったのかしら?ここまで来ても言わないなんてどうなってるの?  …これが可愛いなんて、私も相当やられてるんだわ…  クリストファはキスをしながら器用に自分の服をどんどん脱いでいき、ベッドの下に放り投げた。トラウザーズに手をかけて脱がそうとする私の手を掴むと「それは今度」と言って自分でさっさと脱いでしまった。  今度って何?今日は何が駄目なのかしら。 「見るのもやめた方がいい」  クリストファはそう言うと、目許を赤く染め熱い息を吐いて圧し掛かって来た。顎を掴まれ深いキスをする。これが上手なのかどうか私には分からないけれど、気持ちよくてずっとしていたいと思った。私もクリストファの動きに答える様に、懸命に舌を動しクリスの舌と絡め合う。口端から唾液があふれ出てもいつまでも求め合った。 「気持ちいいんだな、リア。よかった…」  ぷっと唇が離れると、銀色の糸が二人を繋いだ。  クリストファの熱い唇が耳朶を這い甘く噛み、首、肩、胸や腰、次々と身体中にキスをして足の付け根を舌先でつつっとなぞった。それまでとは違う刺激に、また身体が跳ね大きく声が出てしまう。  グイっと大きく足を持ち上げられて初めて、今自分がどんな格好をしているのか気が付いた。 「ちょ、ちょっと待って、クリス…!!」  手を伸ばし隠そうとするも一足遅く、クリストファは私の脚の間に顔を埋めた。  自分でもほとんど触ったことのないそこに感じる、熱い息とぬるりとした感触。  そして自分のその中心がぐっしょりと濡れていることに気が付いた。 「あっ!」  抵抗したくても身体が仰け反りクリストファの顔を払い除けられない。クリストファの舌が上下し、蜜口の浅いところをぐるりと舐め上げた。そのままその上にある花芽を口に含まれ、私の頭は真っ白になった。  花芽を舌で扱き吸い上げられる。蜜口には指が差し込まれ卑猥な音を立てて何度も出し入れされた。 「リリアリア、もっと、もっと声を聞かせて」  喘ぎ声で返事など出来ない。  何度も視界に白くチカチカと星が飛び、足のつま先まで痺れ震えた。もう駄目だと言っても、クリストファは容赦なく胸の頂も秘めたる場所も暴き、かき混ぜ、もう喘ぎ声すら出せなくなるまで私を何度も高みに昇らせた。  シーツの上にだらしなく肢体を投げ出し呼吸も荒い私に、クリストファはゆっくりと覆いかぶさり 優しくキスをした。 「リリアリア、もう…、そろそろ大丈夫だと思うけど…」  そう言って、私の腿をグイっと持ち上げ大きく開く。もう抵抗する力の残っていない私はぼんやりとクリストファを見上げた。 「…ごめん、頑張って解したけど…それでも痛いかもしれない」  額に汗を光らせ呼吸の上がっているクリストファを見上げる。青灰色の瞳はギラギラと私を見下ろし獣のような鋭さを持っていた。その、私を欲っする強い瞳の前に、私の理性はもう何の役にも立たなかった。 「くりす…もう、おねがい…」  震える腕をクリストファの首にまわした。  クリストファはぐ、と喉を鳴らすと、熱杭を私の蜜口に当て、私から溢れる愛液をその杭に塗り付ける。敏感になった花芽に擦れるたび、それは痺れとなって全身を駆け巡った。 「ごめん、一息に行くから」  クリストファはその言葉どおり、一気に奥までその熱杭を私の奥へ叩き込んだ。  その衝撃に身体が弓のようにしなり、視界が反転するような感覚に陥った。先程まであんなに熱くてぐずぐずに蕩けそうだった私の秘めたる場所は、今はまるで痛みに抵抗するように固くクリストファを拒否している。 「く…っ、きつ…」  涙で滲む視界でクリストファが苦し気に眉根を寄せている表情が見えた。彼も苦しいのだろうか。 「…クリス…、苦し…?」 「そんなことない…リアは?大丈夫か?」  額の汗をポタリと垂らし、クリストファは私に優しく笑いかける。 「しばらくこのままでいるから…リアは無理すんな」 「…クリスは?大丈夫?」 「俺のことはいいから…」 「だめ」 「リア」 「私…クリスにも気持ちよくなって欲しい…」 「リアダメだ、今そんなこと言わないでくれ」 「いいの。…ねえ、いいから…クリス…お願い」  クリスの首に回していた腕に力を入れて、グイっと私に引き寄せる。唇が微かに触れる距離でクリスに囁いた。 「…私に、あなたの愛をちょうだい」  ガツガツと奥を何度も何度も穿たれる。激しく身体を揺さぶられ、声ももう出ない。 「リア、リア…!」  何度も私の名を呼ぶその声に、私は確かにクリストファの愛を感じた。愛されてる、その不確かな感覚は今、確かなものになっている。  神様がこの人に愛という言葉を教えなかったのなら、私がこれから教えてあげよう。いつの日か、真っ赤になって震えながら私に愛の言葉を囁いてくれるようになるその日まで、私がこの人に沢山愛を囁こう。 「……愛してる…」  遠くに聞こえたその言葉は、私の願いなのか、クリストファの言葉なのか。  確かめることも出来ないまま、私の意識は柔らかなベッドへ沈んでいった。    そして私たちはようやく婚約し、あっという間に結婚した。  これまでが何だったのかというほど、あっさりと。  あの日、庭でされるはずだった結婚の申し込みは、クリストファがもう一度何やら頑張って色々と計画をして実行された。察しのいい私にはすべてお見通しだったけど。  私の好きなものを知り尽くしたクリストファは庭を美しく飾り雰囲気を演出して、私の指に彼の色をした青い宝石を嵌めてくれた。  クリストファは私を社交の場に連れて行くのを酷く嫌っていたけれど、それは私を他の男たちの目に入れたくなかったのだとか…ナニソレ。  どうやらクリストファの友人たちは私を見たいとしつこく迫っていたらしく、クリストファは正式に婚約していない立場では誰かに私を取られるのではないかと心配し、婚約者として伴って行けるようになるまでは連れて行くのを避けていたのだそうだ。  狩猟大会も然り。だが、それが件の令嬢に絡まれ付き纏われる切っ掛けになり、夜会や社交の場で度々絡まれるようになったそうだ。その話をするときのクリストファのものすごく凶悪な顔は筆舌に尽くしがたい。  結局、なぜあの晩に彼の令嬢が同じ花を胸に着けていたのかは分からないけれど、ありきたりの花だからクリストファを見つけてから胸に挿すことも出来ただろう。  そしてドレスの謎。何故クリストファの色を纏っていたのか、それは別の夜会で見た彼の令嬢が、あの夜と同じような色のドレスを着て金髪碧眼の紳士とうっとりとダンスを踊っているのを目にして解決した。  単純に、金髪碧眼の紳士が好きらしい。  私たちは最低限の社交に止め、領地でひっそりと、でも毎日楽しく過ごしている。  夜会に出席してもクリストファは約束通り私以外の女性と一切踊らなかったし、私のことを片時も離そうとしなかった。  そして毎日、毎朝毎晩、私はクリストファに愛を伝えた。  子供が生まれ、拙くも子供が話せるようになると、子供も私を真似てクリストファに愛を伝える。 「おとうさま、だいすき」と。「ありがとう」しか言えなかったクリストファも毎日浴びるほどの愛を伝えられ、遂に自然と愛を伝えることが出来るようになった。  私と二人きりの時はまだ恥ずかしいみたいだけど、でも本当に時々、真っ赤になって震えながら、私に愛を囁くことが出来るようになった。 「リア………ぁああ、愛…してっる…」  こんな彼が可愛いなんて、私はやっぱりどうかしているのかもしれない。  一つだけ言えるのは、両想いのつもりでいたのはどうやら間違いじゃなかったらしい、ということ。  それは、私にとって素晴らしい思い込みだったのだ。
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