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亘が予約してくれたお店は、会社の最寄り駅から歩いて五分程度のイタリアンバルだった。金曜の夜だからか、薄暗くても店内が賑わっているのがわかる。忙しそうに店内を歩き回る店員さんにテーブル席に通された。
「里帆、酒は飲めたっけ」
「普通くらいかな、亘くんは?」
「俺はけっこういける」
うれしそうに笑った亘は、ドリンクリストを吟味していた。ドリンクのほかにいくつか料理を注文する。ローストビーフのサラダやカルパッチョ、きのこのフリットにピザをシェアして食べることにした。お酒は、亘がスパークリングワインを頼んだので里帆もそれを飲むことにした。
久々の再会に、めずらしく食も進む。
「里帆はあの会社に入って何年目?」
「新卒からだから、四年だよ」
「ということは……もう二十六か?」
「計算しないでよっ! それに四つしか違わないじゃん」
「四つはでかいだろ」
亘は声を上げて笑う。
彼は里帆の四つ年上なので、もう三十歳のはずだ。学生の頃は、歳の差がもどかしかった。
「それでも高校生だった里帆の記憶が強いから、すごい大人になったなって思うよ。きれいになってるし」
「……そうかな」
急に懐かしそうな表情で目を細め見つめられて、里帆は視線をお皿に落とした。
亘が社会人になって約八年。その間会うことは無かった。再び見上げた亘の顔つきも、最後に会った亘の大学の卒業式から変わっていた。ぐっと大人っぽく、服の上からしかわからないけれど身体も太くはないのにがっちりして男らしくなっている。その姿にドキドキとしつつも里帆も少しはきれいに見えていたらいいなと思う。
「でも、俺がカウンセラーだって気づかなかったんだな」
「えっ」
「だって俺だって知らなくてカウンセリングルームに来ただろ」
こくりとうなずいた。
あの場所で、顔を見て初めて亘がいることに気がついた。きっと予約時に見たイントラネットには名前や顔写真も出ていたはずだ。けれどそんなページを見ることなく里帆は予約をしていた。
「名前、見てなかったから」
「それくらい必死だったんだな」
必死だったといえば、そうだ。美琴に薦められるまま、わらにもすがる思いで予約をした。まさかカウンセラーが亘だとは、夢にも思っていなかった。
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