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「亘くんは、どうしてこの仕事をしてるの?」
きのこのフリットを口の中に放りながら聞いた。さくっとした感触が心地良い。
「うーん、まあ大学で勉強して興味が出たっていうのが一番かな。あと、俺が話を聞いて相手が楽になるところを見るのがうれしいから、とか」
「すごいね……」
まさに、人のためになることを仕事にしている。里帆の仕事も間接的にはそうかもしれないけど、社内にいるとなかなか役に立っているのか気づくことができない。たまに見るアンケートや、めったに無い店舗への挨拶でようやく知る、というくらいだ。
「里帆は、今日どうしてカウンセリングを受けようと思ったんだ?」
「あ……」
里帆があえて避けていた話題を、亘は口にした。聞かれるんだろうなとは思っていたけどもう少し幼なじみとしての会話を楽しみたかったのもあるし、自分の悩みを忘れたいという気持ちが大きかった。
里帆の表情を見て察したのか、亘が慌てた様子で続けた。
「ああごめん。場所が悪かった。また来週カウンセリングルームで聞くよ」
聞いてほしいという気持ちはあった。ただ、自分の気持ちから逃げたいという思いに負けていただけだ。亘の気遣いが申し訳なくて、里帆は口を開いた。
「……仕事が、うまくいかなくて」
「……どういう仕事?」
里帆が口を開いたので亘は真剣な表情に切り替わる。
「新しいプロジェクトのリーダーを任されたんだけど、そのプロジェクトの内容が、ちょっと……」
さすがにラブグッズの開発というのは言いにくいし、公共の場で話すのははばかられる。でも一度話し出したら、聞いてほしい欲が高まっていた。この場で話そうか迷って何度か口を開いては閉じる。
「里帆……俺の家、来る?」
「え?」
里帆は目をまるくして亘を見上げる。亘はハッとして、手を振った。
「ああいや、変な意味じゃなくて。せっかく話してくれたのに話しづらそうだから、俺の家ならいいかなって。もちろん、里帆の家でもいいし、他の場所でもいい」
亘の気遣いに、昔のことを思い出した。
そういえば亘は昔からそうだった。子どもの頃は泣き虫で、中学生や高校生になってもすぐに凹んだりしていた里帆を励ましてくれたのはいつだって亘だった。そんな亘のことが大好きで、高校生になる頃には彼を男の人として意識していた。亘が大学を卒業して、家を出て行くと知った時は悲しくて悲しくて、思い切って告白をした。
――ごめん。里帆のことはかわいい妹としか思えない。
思い出すとまだちくりと胸が痛む。でももう何年も前のことだ。すっかり傷は癒えていてその後里帆は彼氏ができたりもしたし、もういい思い出として心の中に残っているくらいだ。
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