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03 久しぶりのひととき
一時間ほど残業をして、七時に退勤した。そういえば連絡先を交換していなかったので今日どうするのかわからない。里帆はとりあえずカウンセリングルームへ向かった。まだ亘がいるかもしれない。
昼にも来たカウンセリングルームを覗くと、受付のところに人影が見えた。でもその人影は一人ではなく、二人分だった。亘だけだと思っていたけど、他にも人がいるのだろうか。里帆はゆっくり足を進める。よく見ると受付の奥にいるのが亘で、手前には女性がいた。昼間にはいなかったけれど受付の人だろうか。
取り込み中だと離れようとすると、亘と目が合った。
「あ……すみません、もう終わりなんです」
「え、あ、はい。こちらこそすみません……」
亘に声をかけられて反射的に答えると、その場にいた女性は里帆を横切りカツカツとヒールの音を立てて走り去って行った。関係者ではなくてカウンセリングを受けていた人だったのか、とぽかんとしていると亘に手招きをされた。
「ごめん里帆、助かった」
「……患者さん?」
「うん、今日最後の人。でもなかなか帰ってくれなくて困ってたんだ」
相談が長引いただけ、とは少し違うみたいだ。女性が黙って走り去ったのも気になる。きっと、亘に気が合って長く一緒にいたかったんだろう。優しくてかっこいい亘のことだからと、安易に想像がつく。
「大変だね、モテ男は」
「やめてくれよ」
亘は困ったように笑った。
「それで、どこ行こうか」
「ああ俺勝手に予約しちゃったんだけど大丈夫? 金曜だし、入れなかったら困ると思って」
「ありがとう!」
「あと連絡先教えてもらっていいかな、今日困ったから」
「うん、私も困った」
笑い合いながら、連絡先を交換した。今はメッセージアプリという便利なものがあるので、そのIDと電話番号だけで十分だ。
亘の支度を待って、一緒に会社を出た。会社の誰に見られるかわからないけれど、変な関係でもないし、幼なじみだ。二人とも特に気にすることなく並んで歩いた。
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