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追われる男①
暗闇の中で男は空に手を伸ばした。助けを求めても何も掴めない。きつく閉じた目、滴る脂汗。
男は悪夢に魘されていた。よく夢の中で何者かに追いかけられる。振り向いて追いかけてくる者の正体を見た事はない。少しでもスピードを緩めれば捕まる。そして捕まれば——そんな夢を幾度となく見てきた。そして今宵も魘される。
不意に、夢の中で声がした。
「もう大丈夫」
冷たい声だった。氷がからんと鳴るような、冷たくありながら安堵感を抱かせるような。
男は初めて夢の中で足を止めて振り向く。
白く細く長い髪。こちらに背を向けて一人の女が立っていた。女の手には、鋭い銀色の刀がしっかりと握られている。
「ひっ」
男の喉から酷い声が漏れる。いつも自分を追いかけていた存在、それをついに目にしたのだ。こちらへ向かって、鬼の形相をした誰かがナイフを持って迫って来る。逃げ出そうとする男を、女が声で引き止める。
「あれがあなたに害を及ぼすことはありません」
そうは言われても、その誰かは獲物を決して逃すまいという気を全身から出してどんどんと近づいてくる。もう駄目だ、立ち止まったりせずに走り続けるべきだった。そう思って男が目を瞑りかけた時、女がすらりと刀を構えた。
「苦しませることはしません」
女が刀を振るさまは嫋やかだった。一つの舞のようだった。今にも襲い掛からんとしていた身体は、すっぱりと二つに分かれている。不思議なことに血飛沫も飛ばず、そこでは二つになった肢体さえも共に美しい舞踏を行っていた。
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