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叶えられなかった投手③
「親の都合でどうしようもなく引っ越した。野球はやめるつもりだった。名門は遠いし、金もない。でも、俺のことを知った先輩たちが続けさせてくれた。野球部を作ってくれた。作ってくれたから、予選に出られた。けどもう、限界だった。全試合投げて、ここまで勝てたことが奇跡だ。俺だけじゃなくて、みんな限界だったんだ。エラーも、パスボールも。お前はすげえピッチャーだから、来年はたくさんいい一年が入ってくる、それで優勝しろ、甲子園行け、って先輩たちは言ってくれたけど、俺は、先輩たちと一緒に甲子園に行きたかったんだ。もっとあのメンバーで、やってたかったんだ」
きつくボールを握る。
「……投げますね」
彼は少しだけ目を細めてこちらを見ていた。それは多分笑顔で、泣き顔。
夢斬りは黙って刀を構える。す、と彼の左足が上がる。右腕が力強く振られる。ものすごいスピードで迫るそれに、夢斬りは刀を差し出した。
世界が消える。
降り注ぐ日差しも夏風もなくなった世界。夢斬りの刀は身体の真横で止まっていた。
「刀、フルスイングというか、振り切らなかったんですか」
刀を下ろす。
「はい、その必要はないと思いました」
「必要がない?」
「刀を振り抜かなくても、ボールに当てるだけで斬れてしまうような、あなたが投げた球にはそんな威力がありましたから」
夢斬りがそう言うと、彼は少し口を開けた。
「あの、私、何かおかしなことを言いましたか」
「あ、いや、すんません、そうじゃなくて、その、嬉しいん、ですかね、多分」
どういうことだろう、と首を傾げる夢斬り。それとは逆に彼は笑った。
「ありがとうございます。俺、頑張ります。一つでも多く勝てるように」
心からの笑顔だった。
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