男一徹 力愛不二

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 少年は思った。  あの頃は、良かったと。  そう、少年にとっての青春時代は――  柔道をしていた時。 「一本、それまで!」  審判の言葉と共に、歓声と拍手が会場中に巻き起こった。  面積2830㎡、主要人数5050人の総合体育施設。  会場の中央で少年は、立ったままLED高天井照明器具の光が降り注ぐ天井を見上げていた。  観客席の人々の視線を一点に集めている。  全身の筋肉で消費された酸素は二酸化炭素となり、それを抜くように、田麦(たむぎ)一徹(いってつ)は、ふぅーっと息を吐く。  対戦相手は悔しそうにし、畳に涙を落としていた。  二人は元の位置に戻り、審判は一徹の勝利を宣言した。  すると、会場からは、またもや大きな歓声が上がった。  全国中学校柔道大会・男子個人戦66kg級優勝の瞬間だった。  一徹は表彰されトロフィーを受け取った後、観客席にいる両親の元へ行った。  母親は涙を流しながら息子の勝利を称えた。  そして母親と父親は言った。  おめでとう!  一徹。お前は日本一だ!  その言葉を聞いた途端、一徹の目から涙が溢れ出した。  嬉しかったのだ。  自分が認められた気がしたからだ。  一徹は今の今まで、心のどこかで思っていた。  自分は強いのか?  本当に一番なのか?  運が良いだけではないのか?  そんな風に様々な疑問が一徹を悩ませてきた。  この程度の実力しかない、自分と同じ人間なんて沢山いるのではないか。  そんな不安があった。  だが今、こうして勝ったことでようやく実感できた。  自分は間違いなく強かったんだ。
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