52人が本棚に入れています
本棚に追加
(6)歪んだ国家観
「宰相。いえ、敢えて大叔父上と呼ばせて貰います。大叔父上は、この国の国王が代々加護持ちなのを、どう考えておられますか?」
その問いかけにルーファスは軽く目を見開いたが、すぐに問い返してくる。
「それではカイル。お前自身は、どう考えている? 我が国の建国の英雄、初代国王アゼルとその側近達は、女神の加護を得て幾多の争乱を勝ち抜き、この国を作り上げた。その歴史を否定するのか?」
「否定はしません。確かにアゼル王やその側近達は、女神の加護を頂けるほど優秀な方々だったのでしょう。しかし加護を得ているだけで、それを得ていない人間より優秀だと判断するのは、間違っていると思います」
「どう思うのかは各個人の自由だ。そうではないのか?」
平然と返してきたルーファスに、カイルはこれまでずっと抱えてきた思いをぶつけた。
「納得できません! どう考えても先代のお祖父様や現国王の父上より、大叔父上の方が行政能力では遥かに優秀ではありませんか‼︎ それなのに加護が無いと言うだけで、王族から臣下扱いになった上に、宰相として長年こき使われるなんて理不尽すぎます!」
若者らしい率直な物言いに、ルーファスは思わず表情を緩めながらカイルを宥める。
「別に、お前が怒ることでもなかろう」
「それはそうですが! 俺が納得いかないのは!」
「そこまでにしておけ。誰が聞いているか分からんぞ? それに王子として、対外的に『俺』は拙いだろう」
「…………」
「まあ、この室内にいる間は、多少の暴言を吐いても全く問題はないがな」
思わず口を閉ざしたカイルだったが、ルーファスが笑いを堪える表情で口にした内容を聞いて、ある可能性に思い至った。それで僅かに顔を引き攣らせながら、確認を入れる。
「大叔父上……。まさかまた部下に、希少な加護持ちを入れたのですか? 外部からの盗み聞きを遮断するような」
「さあ……、どうだろうな?」
含み笑いで応じるルーファスに、カイルは本気で頭を抱えたくなった。
「大叔父上はどうして、貴重な加護持ちをそんなに手駒にできるんですか」
「単に、面倒を見た者たちの中に、偶々そういう者が多いだけだ」
「ですが、明らかに異常ですよね⁉︎ 俺が知っているだけで、その数が二桁になっているんですが⁉︎」
「それを知っているのは、現在の王族ではお前だけだ」
「勿論、口外する気はありません」
(それだけ俺に目をかけて、信頼してくれているってことだからな。こんな事を公にしたら、益々大叔父上を利用しようとする輩が大量発生するのは確実だ)
飄々ととんでもない事実を口にする大叔父を、カイルは複雑な思いで見つめた。そして彼の話が済んだと解釈したらしいルーファスは、真顔に戻って話を続ける。
「どこまで話をしたのだったか……。ああ、建国記念祝賀会とお前の成年祝賀会を同時開催する話だったが、成年になるにあたって領地を下賜される。ごく狭い領地だが、邪魔になるものでもない。貰っておけ」
「はあ、まあ、くれると言うなら貰っておきますが、それはあれですか。臣下扱いにする前準備ですか?」
「そうとも言えるな」
「それはどうも」
話を戻したものの、口調はかなり砕けた状態のまま、二人は会話を続けた。
「それでこれまでと違って、領地を管理するための人員が必要だろうから、お前の側近に一人新しい人間を配置する。なかなか有能な奴だから、使いこなしてみろ」
「え? まさか、また加護持ちとかではないですよね?」
「少なくともあいつは、大神殿での判定を受けていない筈だな」
なんとなく嫌な予感を覚えたカイルが、反射的に尋ね返した、すると予想に違わぬ答えが返ってきたことで、思わず声を荒らげる。
「あのですね……。リーンを筆頭に、今まで大叔父上から俺に付けてもらった全員が、揃いも揃って大神殿で正式に加護持ちと認められてはいない、イレギュラーな加護持ちですよ⁉︎ 本当に大叔父上の人脈って、どうなっているんですか⁉︎」
動揺著しいカイルだったが、一方のルーファスはいつもの謹厳実直な物言いに戻しながら、彼に退出を促す。
「なんの事を言われているのか分かりませんな、カイル殿下。それでは執務が控えておりますので、そろそろお引き取りいただいてもよろしいですか?」
これ以上は何を言っても無駄だと悟ったカイルは、諦めて素直にソファーから立ち上がった。
「分かりました、宰相。建国記念祝賀会と成年祝賀会について、了解いたしました。新たな人員手配について、よろしくお願いします」
「畏まりました」
(結局、加護持ちが無条件で優先されることについてどう考えているか、今回も聞きそびれたな。また誤魔化されたと言った方が正しいか。あの人に敵うわけもないが)
そのまま廊下に出て自分のプライベートスペースに向かいながら、カイルは無言で考え込んでいた。
最初のコメントを投稿しよう!