魔女の助手

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魔女の助手

 ······ラウェイが魔女の家に転がり込んでから一週間が経過した。魔女に臨時雇用される身となったグルトリア軍の脱走兵は、この七日間でようやくここでの生活リズムに慣れて来た。  早朝、ラウェイの朝は薪割りから始まる。そして丸太造りの家の側にある畑から幾つかの野菜を籠に入れて台所に運ぶ。  台所ではカリーナが竈の薪に魔法で火を付ける。ラウェイは何度も見てもその光景に慣れなかった。  野菜スープと硬い雑穀パンのささやかな朝食が始まる。ラウェイは湯気が立つスープを飲みながら、テーブルの半分を埋め尽くす本を横目で見る。 「······カリーナ。何故テーブルの本を片付けないんだ? 食事をするにも邪魔だろうに」 「貴方と私が食事する場所はあるわ。それに、この本達は一見雑然と置いている様に見えるけど、ちゃんと効率良く活用出来るように並べられているのよ」  どう見ても並べられていると言うより、放置されているとしか思えない。ラウェイはそう思いながら、壁一面の本棚からはみ出している本や、床に積まれて埃が溜まっている本を眺める。 「······この膨大な本。やはり魔法が使えるようになるには必要なのか?」 「そうでもないわ。本は百冊あっても実益があるのはそのうちの十冊くらい。その十冊の中でも本当に益があるのは一冊あるかどうかよ」  それはまるで、宝探しの旅のようにラウェイには思えた。すると、カリーナは行儀悪くスプーンを口にくわえたまま微笑した。 「それ。素敵な表現ね。そうか。私は宝探しをしているのね。いつか見つかるかしら?」  ラウェイは何故かカリーナにかわかられた様な気分になり、小さくため息をついて食事を再開した。  食事が終わるとラウェイの仕事が再開される。畑の草むしり、家から少し離れた場所にある井戸の水くみ。  それが終わると、ラウェイはカリーナに付いて森の深い場所に入って行く。ラウェイはカリーナに指示されるままに野草を採取し背中の籠に入れていく。  カリーナは野草を加工して薬を作る事を生業としていた。その薬を月に一度街の薬屋に卸して生活費を稼いでいた。  ラウェイの運ぶ物は野草だけでは無かった。カリーナが森の各所に仕掛けた箱罠にかかったウサギや鹿をその場で殺し二輪の台車に載せて運ぶ。  そしてカリーナは毎日必ずある場所に立ち寄った。そこは崖の下だった。カリーナは崖を無言で見上げ、直ぐに踵を返し来た道を戻る。  ラウェイはカリーナが何の目的があってここに来るのか全く理解出来なかった。そして夕暮れ時、食事の後の晩酌が始まる。   カリーナの酒の肴は、自分をからかう事だとラウェイは断定していた。 「ラウェイ。何故人間が魔法を使えなくなってしまったと思う?」 「······人間が魔法石に頼ってしまったのが始まりだと聞いているが?」 「その通りよ。これを見て」  カリーナは壁に立て掛けられた木の杖を右手に持った。その杖の先には丸い球体が備え付けられ、薪暖炉の灯りに照らされ鈍い光を放っていた。 「かつての魔法使いは素手でも魔法を使えたわ。そしてこの魔法の杖を。いえ。魔法石を使い魔力を増幅させた。それが最初の間違いだった」  カリーナは杖の先端に鎮座する魔法石を見つめ、人間達の歴史の一端を語り始めた。人間達は魔力を磨き高める事よりも、魔法石の研究に傾倒した。  より魔力を増幅させる魔法石を求め、人々は世界中を調査し追い求めた。そして人間達は発見した。  これまで使用していた魔法石と比較にならない程魔力を高める高純度の魔法石を。その魔法石は魔境でも秘境でも無く地下に存在した。  それも半日地面を掘れば何処でも誰でも手にする事が可能だった。人間達が認識していなかっただけで、その足元に宝の山は埋まっていたのだった。  但し、その高純度の魔法石を生産するには特別な設備と技法が必要とされ、やがて国がその利権を独占した。  各国の王達は魔法使い達に高純度の魔法石を無償で配布した。しかし、この行為は魔法使い達を陥れる為の権力者の罠だった。  僅かに魔力を込めるだけで自在に強大な魔力を操れる高純度の魔法石。魔法使い達はこの宝に狂喜して飛びつき、頼り、そして王達の目論見通り堕落していった。  研鑽や向上心を失った魔法使達は、やがてその力を失い魔法を使える者は皆無になって行った。  王達はその光景をほくそ笑み眺めていた。魔力を持たない権力者にとって、超常現象を起こす魔法使いなど邪魔者以外何者でも無かったのだった。   そして王達は、その高純度の魔法石を利用して兵器の製造に血道を上げる。鉄と魔法石で出来た人型人形兵器や空を飛ぶ船を生み出した。 「······その後は軍人である貴方には説明不要ね。人間達は救いようよ無い争いの日々にその身を投じたのよ」  カリーナはグラスに入った赤ワインを一気に飲み干し、空のグラスをラウェイに向けた。
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