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死を待つ魔女
······ラウェイがこの森に来てから二ヶ月が経過していた。森の入り組んだ道も随分と覚え、仕掛けた罠の場所も間違える事は無かった。
生憎今日はウサギや鹿は罠にかかっていなかった。今や脱走兵となった男は、それを報告する為に雇い主の姿を探す。
否。ラウェイには分かっていた。この場所からあの崖の下までそう距離が無い事を。ラウェイは獣道を歩きその場所に赴く。
カリーナは崖を見上げていた。ラウェイには見慣れた光景となった。何故カリーナがそれを欠かさない日課としているのか。
カリーナの口から「禁呪」と言う言葉を聞いて以降、ラウェイにはこの魔女の行動全てが不気味に感じられた。
「······この崖はね。割と有名な自殺の名所なの」
カリーナは上を見上げたまま、背後に立つラウェイに振り向きもせず呟いた。ラウェイを魔女に倣って崖の上を見る。
切り立った崖はかなりの高さがあり、あそこから落ちたら確かに命は無いと思われた。何故その自殺の名所に毎日訪れるのか。
その目的を連想したラウェイは、背中に悪寒を感じた。
「ラウェイ。貴方の今想像している通りよ。私は待っているの。自殺する者を。いいえ。自殺した人間の身体を必要としている。と言った方が正確ね」
「······以前言った禁呪とやらで死人を甦らせる為か? その為に人間の死体が必要なのか?」
ラウェイの質問に、魔女は背を向けたまま何も答えなかった。その時、ラウェイの視界の端に何かが映った。
それは地面に叩きつけられ、鈍い音が魔女と脱走兵の耳に響いた。二人は土の上に落ち微動だにしないそれを凝視する。
······それは人の形をしていた。見た目は男だ。うつ伏せのまま倒れており、口からは血を流している。
ラウェイは咄嗟に崖の上を見た。この倒れている男はそこから身を投げたのか。それとも不慮の事故で落下したのか。
「······どちらでも同じよ。ラウェイ。もう死んでいるわ。この人を運ぶから手伝って」
カリーナは男の首筋に手を当てながら、およそ人の体温が感じられない冷たい声でそう言った。
魔女の悲願は、ある日突然叶えられた。
そこからは時間との勝負だとカリーナは額に汗を浮かべながら繰り返した。死体は時間と共に鮮度を落としていく。
それは、カリーナの禁術の成功率を落として行くと言う。秘密の部屋に運ばれた男は、中央にある長テーブルに仰向けに置かれた。
カリーナは息を切らせながら準備に取り掛かる。ラウェイは男の衣服を脱がすように命じられた。
その間にもカリーナは忙しなく動き、様々に小瓶や薬品を集めて調合していく。短剣の形をした蠟燭を七本死体の身体に乗せ火を灯す。
そして魔女が自ら腕をナイフで切り、その流れる血でテーブルに何かの文字を描いていた。
「······準備が整ったわ」
乱れた呼吸を整えるように、カリーナは深く深呼吸をする。ラウェイはその間、ただ人形のように立ちすくんでいた。
死人を生き返らせるなど人道に反する事を諫める事も無く。そこ迄して一体誰をこの世に呼び戻すのか尋ねる事も無く。
カリーナが死体に両手をかざし、何かの呪文を詠唱し始めた。その理解出来ない一語一語が、ラウェイにはこの世の破滅を祈る不吉な言葉に聞こえた。
カリーナが生き返らせようとしているのは死んだ恋人なのかもしれない。この時、ラウェイの脳裏にその考えが一瞬浮かんだ。
閉め切られた薄暗い部屋に変化が訪れた。死体の色が見る見るうちに黒く変色して行く。
そしてその死体は液体状に変わった。ラウェイは息を飲みその光景を凝視する。黒い液体はテーブルから溢れ落ちる事なく、螺旋状に絡まり天井に届くかと思う程長く伸びる。
その長い液体が急速に収束し、テーブルの上で球体になった。そして、その球体が再び形を変えていく。
ラウェイは自分の目を疑った。その黒い球体は人の形に変わって行く。そして頭部と思われる箇所を見てラウェイは驚愕した。
その顔は、カリーナと瓜二つだった。頭部から順に首の下も魔女の身体と同じ物になっていく。
感情が昂ぶったのか、カリーナの詠唱に抑揚が見られた。その時、カリーナになりつつあった黒い液体は、突如として崩れテーブルの周囲に四散した。
······どれ位の時間が経過したのかラウェイには分からなかった。テーブルの端から黒い液体の滴がゆっくりと床に落ち、七本あった蠟燭に火が灯っているのは一本だけだった。
「······カリーナ。今の顔は君の······」
床に崩れ落ちる様に座ったままの魔女の背中に、ラウェイは質問になっていない言葉を投げかける。
「······そうよ。私が甦らせようとしたのは私自身······いいえ。違うわね。正確には私を造り出した張本人を生き返らせようとしたの」
ラウェイにはカリーナの言葉の意味が理解出来なかった。魔女は語り始めた。それは、重い病に冒された一人の魔女の話だった。
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