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パタタと軽い足音がして、フワフワの金髪がヒョコッとパキラから覗いた。
「ミナトさん、いらっしゃーい。ハルカさん、今回もまた連れてったの?」
前菜の盛り合わせの皿を僕の前に置く。彼は安東美弦、アルバイトの大学生だ。
「うん、いつものランクル200。アレだけは、やめて欲しいんだけどさぁ」
手前のオレンジとニンジンのラペをつつく。ワインビネガーとハチミツの香りがオレンジに絡まった、優しい味に頰がゆるむ。
「ああ、3万で競り落としたヤツだっけ?」
向かいの椅子をカタンと引いて、安東君は店内が見えるように横座りした。現時点で、客が僕1人なのをいいことに、油を売るつもりらしい。
「値段じゃないんだよ。あと、正確には27250円ね」
1/8にカットされたキノコとジャガイモのフリッタータをフォークの先で切る。ふんわり焼かれた卵の中から秋の恵みがゴロゴロ溢れた。
「細かーい。変わんないじゃーん」
アンディは、胸の前で空のトレイを抱えたまま、髪を揺らして屈託なく笑う。
「でもさぁ。なんで、そのランクルなの? ミナトさん、ミニカーいっぱい持ってるんでしょ?」
「まぁね。今のとこ、216台」
「うわ、それって、総額幾らに……」
「だからさ、値段じゃないんだって。思い入れ……っての?」
トマトと生ハムのブルスケッタを囓りながら、サーモンのマリネも摘まむ。どれも美味いから、フォークが止まらない。
「フゥン? でも、ハルカさんだって、特別な車だってこと、知ってるんでしょ?」
だからこそ、盗んでいくんだ。アレは、216台中、唯一の「黒いランクル」だから。
僕の同棲相手は、世界中から仕事の依頼が入る。なのに「言うと決断が鈍る」という身勝手な理由で、僕になにも告げずに消えてしまう――まるで、自由気ままな風みたいに。
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