雨に暴かれる様すらも滑稽である。

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少し面倒くさくなった夕は、時折「うん」という返事だけをし聞き流していた。夕は此処で呑んでいると、ウィスキーを半分で瞼が重くなり1杯呑み終わる頃には、夕は既に夢の中なのだ。だから今日も、浅倉の話を聞き流しているうちにいつもよりペースが早まったのか、短い時間で呑み終わってしまい、カウンターに伏せた。 (あぁ.......眠い) 頑張って瞼を上げようとするけれど、いつもその戦いには負けてしまう。頬がカッカッして、頭が働かない。 まぁいつものように、浅倉が閉店間際に起こしてくれるのだろう、.......そう甘えていた。 目が覚めた時、まるっきり理解が出来ていなかった。見知らぬ天井が視界に写ったのは、初めてだったから。 「.......え?」 目が覚めて、ぱちぱちと2、3度瞬きをする。 ゆっくり身体を起こして、自分が服を着ている事、その服は昨夜自分が浅倉のバーに着ていった服と同じ事、そして身体に何も違和感が無いこと。 恋人に殴られた傷が痛む以外には.......。 それらを確認した夕は、ゆっくりと周りを見渡した。 「.......何処だ、ここ」 ぽそり、と呟いた自分の声しか聴こえない。 あとはチュンチュン、と楽しそうに話をしている小鳥達の声が窓の外から微かに聞こえるくらいしか家には音がなかった。ベッドから降りて目に入った黒革のソファには、大分足をはみ出して寝ている、グレーのスウェット姿の男が居た。イビキをかくことなく、腕を大胆に投げ出して眠る大男。 夕はその男の顔に唖然とした。 それもそのはず。 夕にとってその男は、『見知らぬ男』なんかじゃなかった。 少し背が伸びたんじゃないか。 高校の時は俺より幾らか上なだけだったと思う。 野球部だった彼はずっと短髪だったから、こんなに髪が伸びている姿を初めて見た。 黒髪じゃなくて、少し栗色だったんだ。 一瞬にして様々な事が頭を過った。 (.......なんで、こんな事に.......) そしてまた一瞬にして、夕の心はずしり、と重くなった。取り敢えず、何事も無かったかのように帰らねば。 この男に目を覚まされる前に、帰らなければ。 夕は焦って、自分の荷物を探す。玄関近くに、自分の荷物が纏められてる事に気づき、慌てて駆け寄った。 駆け寄ったのがいけなかったのか。 足音を立てたつもりは無かったのだが、後ろから掛けられた声が起こしてしまった事実を現実だと教えてくれた。 「.......行光?」 懐かしい爽やかな声。 喋る度に出張った喉仏が上下する。 それを見るのが大層好きだった。 久しぶりに名前を呼ばれ、自分の胸が諦め悪く高鳴るのに気づいてしまった。 「.......ご、ごめん.......俺、バーで呑んでた.......はず、.......なんだけど.......」 辿々しい言葉を必死に紡ぎ、男に目を向けないまま荷物を握り締めた。 動けばいい。立ち上がり、荷物を持って靴を履いて目を合わせぬまま、玄関を出てしまえばいい。 そして今後、ウィスキーは半分で止めよう。 いや寧ろ呑まなくて良いだろうもう。 呑みたい時は、ほろよいの可愛らしくて甘ったるい缶にしよう。 一生分頭を回転させた気分だった。 夕は、男が近づいてくる気配を感じて身体を強ばらせる。 何も痛い事なんてされていない。 怖い事も何も無い。 だが、夕の心臓はずっと警報を鳴らしているみたいに鼓動が止まない。 (聞こえてしまいそうだ.......離れたい.......)
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