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心の中で思いつつ、手に嫌な汗をかいていた。
「行光、どうした? 二日酔い? 具合悪いか?」
あの頃と変わらない優しさを与えてくれる。
夕は、酒に弱いが二日酔いなんてしない。
それを知らないのは、久しぶりに会ったお互いが成人しているから。
夕は必死に首を横に振った。
「だ、大丈夫.......ごめん、ごめんね」
わけも分からず夕はただただ謝る。
恐らく、自分が恐れているような過ちは犯して居ないのだと思う。
それは自分の服装が乱れて居ないのと、身体の違和感も無い。
そして相手の反応もベッドも、恐らく間違いは起きて居ないんだ。
それは理解出来ているのに、考えても見なかった相手に出会えてしまって夕の中で思考回路が渋滞してしまっていたのだ。
自分が予想だにしない事が起きると、夕は直ぐにパニックを起こす。
それで幾度となく失敗を繰り返し、親からの期待を裏切ってしまってきた。
焦って、焦って、話そうと思っても何を話せば良いのか分からない。
元来、人見知りの激しい夕には久しぶりに会ったのが知人だとしても、上手い話のネタなんて思いつかない。
だから、一秒でも早く此処から逃げたかったのだ。
夕があわあわしているのが見て取れたのか、後ろに立っていた男はクスクスと笑い声をあげた。
「行光〜。お前変わんないなぁ〜、そんな焦んなくても.......あれ、もしかして俺の事おぼえてなかったりする?」
急に焦った声を上げた男に、夕は慌てて振り返り首が取れそうな勢いで横に振った。
少し振りすぎて視界がクラクラした。
「..............ひ、日野.......でしょ」
小さく、小さく、ただ言葉が零れてしまっただけ、と表すのがピッタリな程、小さな声だった。
しかし、夕達以外音のないこの部屋には十分に聞こえてしまう。
男は夕の言葉に、あの頃と同じ白く並びの良い歯を思い切り見せて「おう!」と笑った。
ちかちか、と星が降ったような笑顔を見せられ夕はつい昔のように目を細める。
(あぁ.......眩しいなぁ)
直視は出来ない。
そんな事をしたら目が潰れてしまうな、と昔から思っていた。
自分なんかが隣に居れるような人じゃない。
日野はもっと、太陽だから。
俺は太陽の影に居れればそれでいいんだ。
「.......なんか、迷惑.......かけちゃったみたいで、ごめんね。帰るね」
申し訳ない、という感情を全面に出し夕は謝った。
日野は少しキョトンとしていたが、「う〜ん」と考える素振りを見せる。
しかし夕はそんなの気にもせず、荷物を持ち靴を履いた。
すると、「ちょっと待った!」という声と共に夕は左腕を掴まれた。
吃驚して振り向くと、日野はおもちゃを見つけた犬のような笑顔で、夕に言った。
「久しぶりなんだしさ、もうちょい居てよ!」
その明るさは、やっぱり夕には眩しかった。
「水と麦茶どっちがいー? 今これしかねぇんだー」
日野の声に夕は息を整えることもしないまま、「み、みずでいい!」と叫んでしまい、喉がごきゅり、と痛んだ。
「はい、水」
「あ、ありがとう」
ワンルームに男2人が肩を寄せ合っている。
片方はドキマギしてぎこち無いが、もう片方はマイペースに麦茶を煽っていた。
部屋の中いっぱいに日野の匂いが溢れていて、ここに居るだけで心が苦しくなる。
あの夏の日の、あのワンシーンは今でも鮮明に思い出せてしまう。
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