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「あの……ええと」  少女は口籠もり、和泉を見上げる。身長は百七十五センチある和泉よりは低いが、そこまで低身長という印象は抱かない。 「どちら様ですか?」 「ええと……あなたが和泉くん、でいいんですよね?」 「……俺? うん、そうだけど」  少女は胸の前で祈るように自らの手を握ると、小さく深呼吸した。そのまま、本当に勢いに任せて言うという言葉がぴったりなほど、大きく口を開いた。 「柊和泉くんにお願いがあります。私を、助けてください!」  言い終えると、少女は旋毛が見えるほど深くかぶりを下げた。意味のわからない言動に和泉は一歩後ずさる。同時に、大声で助けてくださいなどと言われたことを思い出し、家内を振り返った。母が起きてきた気配はなかったが、和泉は後ろ手に引き戸を閉めた。 「あのさ……全く意味がわからないんだけど、どういうこと?」 「いきなりすみません。けど、和泉くんに助けてほしいんです。どうかお願いします!」  またしても深く腰を折る少女に、和泉は困惑する。そこで、自宅前の垣根に半身を隠すように立つ、一人の少年の姿に気がついた。先ほど聞こえた声の主だろうか。  少年は和泉と目が合うと、すぐに道路側へと隠れてしまう。しかし気になるのか、垣根の横から何度も顔を出し、和泉たちの様子を窺っていた。小学生だろうか。短い前髪の上に、見たこともない野球チームの帽子を被っている。 「えっと、あの子は?」 「あっ、すみません。弟です」  少女が彼に向けて手招きすると、少年はおずおずと彼女の隣に並んだ。身長は和泉の胸より少し低い。確かに、少女とどことなく顔の造形が似ている気もする。 「それで、ええと……和泉くんには私を助けてほしいんですけど。具体的には──」 「ちょっと待ってくれ。声が大きい」  少女はすみませんと謝りながらも、何度か和泉の後方を覗き見ようとした。型板ガラスであるため家の内部ははっきりとは見えないが、人影が動いていればわかってしまうだろう。  家内を覗こうとしていることに和泉が気づいたと察したのか、少女は意図的に視線を外した。その仕草を見て思い出す。時折、訪問介護サービスと銘打って自宅を訪ねてくる怪しいセールスマンがいる。大抵は三十路手前くらいの男である場合が多いが、まさかこの少女もそうなのだろうか。実際そうだとは思わないが、何かしらの魂胆があるのではと疑い深くなるのも致し方ないだろう。 「わかった。話は聞く。だから、場所を変えてもいいか?」 「ありがとうございます! ほら、ヒロくんもお礼言って」  少女は隣に立つ少年に言う。彼は少女と和泉の顔を交互に見上げ、途端、笑顔になる。 「ありがとっ!」 「ありがとうございます、でしょう」 「うん、ありがとうございます!」  二人の間にはしっかりとした信頼関係があるようだった。しかし、僅かに生まれた疑念を即座に消し去ることはできず、和泉は一度二人に断って家内へ戻った。母が寝ているのを確認し、居間のテーブルの上に書き置きを残す。 「すぐに戻ってくれば、それでいいだろ」  出掛ける旨と自分のスマートフォンの番号を書きながら、母の電話帳にもこれと同じ番号が登録されていることを思い出し、しかし、消すことはしなかった。
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