ハッピーエンドのその先も。

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 握られた掌の熱と、真っ直ぐに向けられる視線。彼の好意が嘘じゃないと、痛いくらいに伝わる。こんな面倒なことを言うわたしを諦めないと、全身で語り掛けてくる。 「……、あのね、姫依。幸せ過ぎて不安って気持ちは、俺にも分かるよ」 「……結斗くんにも?」 「うん。俺は、姫依とこうして恋人になれて、すっごく幸せなんだ。……何というか、姫依は自分に自信がないからか、俺のアプローチもことごとく気付かなかったし……」 「そ、れは……結斗くんが、わたしなんかを相手にするはずない、って……」 「そうだね、姫依は自分のことを卑下しがちだから、想いを受け取って信じて貰うまで何年も掛かった」 「お、お手数おかけしました……」 「ふふ……だからようやく伝わった時は、茨の生い茂る城の中で、困難の末に運命のお姫様を見付けた時みたいな達成感というか……うん、余計嬉しかったんだよ」  わたしに合わせて、物語に例えてくれる彼。高校生の男の子が、こんな風に童話に詳しいなんて珍しいだろう。  舞桜ちゃんも結斗くんも、わたしの好きなものを否定しないで受け入れてくれる、優しい人。こんなわたしの傍に居てくれる、あったかい人。  一人でぐるぐるしていた気持ちが、すぐに完全に消えはしなくても、絡まったリボンみたいに少しずつほどかれていくのを感じる。  恐る恐る視線を上げると、愛しい笑顔と向かい合った。 「……茨の先に眠っていた夢見るお姫様が、わたしなんかでよかったの?」 「もちろん。俺のお姫様は、ずっと前から姫依だけなんだから」 「……、ずっと前って、いつ?」 「初めて会った日」 「えっ!?」  何気ない問い掛けに返された、予想外の答えにわたしは思わず目を見開く。昨夜見た懐かしい夢では、わたしは出会って数年の時点で、彼をそういう目線では見ていなかった。 「えっと……なんで? わたし、可愛くもないし、一目惚れされるようなあれじゃ……」 「うん? 姫依は昔から可愛かったけど……でもそうだね、見た目とかじゃなくて、きみの中身に救われて、惹かれたんだ」 「わたしに、救われた……?」  心当たりが全くない。寧ろ、こんな面倒な性格のわたしの中身に惹かれたなんて、やはり悪い魔女の魔法ではないだろうか。  怪訝そうな顔をしてしまったわたしに、結斗くんは笑いながら話を続ける。  繋いだ手からはじんわりと熱が伝わってきて、未だに指に嵌められず二人の手の間にある指輪にも、二人分の熱が宿る。 「小さい頃の俺は、この髪色も目の色も、コンプレックスだった。周りのみんなと違うし、どうしたって目立つから……良くも悪くも素直なみんなの目が、怖かったんだ」 「結斗くんが……?」  わたしの知っている完璧な王子様は、みんなの視線の前でも堂々としていて、誰にでも穏やかで優しい笑顔を振り撒いているのに。  そんな彼が視線に怯えていたと知って、驚きと共に親近感を覚える。彼の隣で周りの視線を感じて俯いてしまう、いつものわたしと同じだ。 「でも、両親に連れられて初めてきみに会った時……親の後ろに隠れる俺を見て、それでもきみは『きれいな髪、目も宝石みたい。あなた、絵本の王子様みたいね!』って微笑んでくれたんだ」  恋の記憶を懐かしむように微笑む彼は、愛しげにその美しい目を細める。その表情には、見覚えがあった。 「……もしかして、その時から、わたしに恋をしていたの?」 「うん……そう。姫依が俺を王子様って呼ぶのなら、王子様らしくなろうってあの時誓ったんだ。まずは好き嫌いもなくして、苦手だった勉強も運動も頑張って……」 「……わたしの、ために?」 「そう。姫依の王子様になりたくて。……親も急に良い子になったって驚いてたよ。俺、昔は何をやらせても本当にダメだったから」 「結斗くんが? 嘘……わたしの知ってる結斗くんは、最初から素敵な王子様みたいな子で……」 「きみに格好悪い所は見せたくなかったからね。……でも、俺も完璧じゃないんだ。ダメなところもあるし、それを見られたら姫依に幻滅されるかもって、正直怖い」  初めて見る、不安気な顔。いつも完璧な理想の王子様が、弱さを見せて一人の男の子になる。その様子に、わたしも彼に無意識の内に理想を押し付けていたのだと理解した。 「そんなこと、ない……完璧じゃなくても、ダメなところがあってもいいよ。結斗くんのこと、嫌いになったりしない。弱さも不安も、全部知りたい……!」 「……本当?」 「もちろん! わたしの方がダメなところ一杯だし、不安になりがちだし、でも、えっと……とにかく、どんなこと聞いても、どんなに格好悪くても、結斗くんのこと、絶対嫌いにならないよ!」 「……良かった。それじゃあ、どれだけ姫依のことが大好きか、全部教えないとな」 「……、え?」  これまた予想外の返しに、思わずぽかんとしてしまう。結斗くんは一瞬で表情を変えて、にっこりと眩しいくらいに微笑んだ。 「俺のダメなところを見ても、嫌いにならないでいてくれるんだろう?」 「う、ん」 「だったら、どれだけ姫依を愛してるか伝えても良いかなって」 「どうしてそうなったの!?」 「えー、ほら、俺姫依が居ないとダメだからさ。……姫依が離れてしまわないように、恋の魔法をかけ直さないと」 「!?」  今度は悪戯っ子のように笑みを浮かべる結斗くん。ころころと変わる表情は、一瞬たりともわたしに目を逸らさせてくれない。  そしてすぐに、また違う顔をする。真剣な眼差しでわたしを見据えて、先程逃げてしまった手を柔く撫でる指先が、わたしの薬指をそっとなぞる。 「……遠い未来のことは、まだわからないけど。また不安になる日も来ると思うけど……それでも、今こんなに姫依が好きだって気持ちは、嘘じゃないから」 「結斗くん……」  今度はしっかりと嵌められた、お姫様のティアラの指輪。  金属が触れていた二人分の体温を帯びて、薬指がじんわりと熱い。彼がかけた恋の魔法のようだ。 「ねえ姫依……、俺のお姫様。ハッピーエンドのその先も、変わらずきみを愛し続けると誓うよ。……時々不安になったとしても、何度だって、二人で幸せの魔法をかけ直そう」 「……、はい……わたしの、王子様」  物語の最後、困難の末結ばれた二人が迎える、お決まりのハッピーエンド。その先の未だ見ぬページを、わたし達はこれからも、一瞬一瞬大切に積み重ねていく。
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