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そのまま絵本を抱いて眠ってしまい、夢を見た。それはまだ、恋が甘いだけのキラキラしたお菓子みたいなものだと信じていた、幼い頃の夢。
「ゆうとくん、あれかわいいねぇ!」
「本当だ、ひよりちゃんにきっと似合うよ」
家族ぐるみで仲の良かったわたし達は、浴衣を着て家族と一緒に縁日に来ていた。
小学校低学年か中学年、まだ結斗くんを男の子として見ていない頃。
人混みではぐれないようしっかり手を繋いで歩く中、不意に露店で見付けたのは、電球に照らされてキラキラとした子供向けのアクセサリー達。
その中で、一等光り輝くお姫様のティアラが欲しかった。
そわそわとしながら露店に近付くと、わたし達の前でくじを引く、少し年上の男の子と女の子が居た。その結果を、わたしはちらりと覗く。
女の子はわたしの欲しかったティアラを当てたようだったが、その表情は複雑だ。
「えー、お姫様のティアラとか、可愛い子にしか似合わないじゃん」
「ははっ、おまえじゃ王子も逃げ出すな」
「なんだと!?」
そう言ってキラキラのティアラを振りかざし駆けて行く二人に、思わず呆然とする。
『ティアラは、可愛い子にしか似合わない』
年上の女の子の言い放ったそれは、わたしにとって衝撃だった。漠然とお姫様に憧れていたけれど、確かに絵本のお姫様達はみんな可愛い容姿で王子様に見初められる。
それがそもそも自分に似合うかどうかなんて、考えたこともなかったのだ。
「ひよりちゃん? くじ、やらないの?」
「……やっぱり、いい」
「え!?」
わたしの突然の心変わりに動揺する結斗くんと、繋いでいた手を離し後ろから追い掛けてきた母親の足に飛び付くわたし。
二人に何があったのか聞かれても、何となく答えられなかった。
「ねえ、ひよりちゃん。これあげる」
「え……?」
「ごめんね、ティアラは当たらなかったんだけど……ティアラの代わりに、ほら、リボンのピン」
「あら、良かったわね姫依。可愛いわよ」
わたしが一人いじけている間に、お小遣いでくじを引いてくれた結斗くん。当時は矯正なんてかけてなくて、今よりもっと癖っ毛な髪に留めて貰った、リボンのヘアピン。
母親の差し出してくれた鏡で見ると、赤い艶が可愛らしいりんご飴みたいだ。
「大きくなってひよりちゃんがお姫様になれたら、王子様がティアラをくれるはずだから……それまではこれ、つけていて」
「……ありがとう……」
そう言って優しく頭を撫でてくれた結斗くんは、その頃から王子様みたいだった。
わたしはお姫様になれないなんて、結局彼に言うことも出来ないまま、拗らせた憧れを諦めたふりして、結局成長してしまった。
期待と不安。夢見ていたい気持ちと、叶わなければ傷付くこともないのにという矛盾した心。
いつか王子様が現れるまでと留められた赤いリボンは、結斗くんと恋人になっても未だに髪に付けている。
初めてのプレゼントを大切にする気持ちなのか、お姫様になんかなれないという諦めなのか、自分にもわからない。
それでも、この赤いリボンが運命の赤い糸のように、結斗くんとの縁を結んだのだとしたら。
あの幼い夏の日に、優しい彼に呪いをかけてしまったなら。
わたしが、解いてあげなくてはいけない。
「懐かしい夢……」
目が覚めて、頭に感じる固い感触に、わたしはリボンのヘアピンを付けっぱなしで眠ってしまっていたのだと気付いた。
お気に入りで、何年も使っていたから、すっかり裏は錆びてしまっている。それを外して、抱いていた絵本と共に棚の奥へと仕舞い込むと、揺れた衝撃で棚に飾られた写真立てが倒れた。
最後に撮った家族三人の写真。幸せだった、当たり前だった家族でさえ、お別れすることもあるのだ。永遠の愛なんて有り得ないと、わたしは知っている。
写真の中の、家族を捨てた父に似た癖っ毛がコンプレックスなのも、そのせいかも知れない。
心の奥底に封じ込めていた、諦めにも切なさにも似た感覚が、胸を締め付けた。
「明日のデートで、わたしからお別れを伝えないと……」
見限られるのが、捨てられるのが怖かったはずなのに、そうなる前にと自ら突き付けたくなる別れ。
二律背反の気持ちは、わたしに自分からの終わりを選ばせた。いつ来るかわからない終わりに怯えるより、この手で終わらせた方がダメージは少ないはずだ。
どうしたって一方的なそれに、わたしに傷付く権利はないはずなのに。きっとすべて手離せば心が軽くなるはずなのに。想像して、何故か涙が止まらなかった。
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