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母親を物心ついた頃に、ある日突然不慮の事故で亡くしているのもあって、カレンに朧気な母親の記憶を重ねてしまったのだ。
恋にしてみれば、ただ純粋に母に甘えただけのこと。
けれども酔っているせいで、とろんととろけた、薄茶色の円らな瞳を潤ませて、可愛らしい仕草で恋に乞われた、カレンにとってはそうではなかったようだ。
煌めく茶髪の、ゆるふわロングのウィッグとマスカラを施した、円らな漆黒の瞳をゆらゆらと揺らめかし、ほんのりと頬を紅潮させ、ゴクリと息を呑むような素振りを見せている。
あたかも何かを必死に堪えているような。どこか危うい雰囲気が漂っている。
未だ覚醒しきっていない恋には、カレンの放つ危うさは微塵も伝わってなどいない。
そればかりか、もたもたして一向に抱きしめてくれないカレンに対して、無性に焦れったくなってくる。
無意識にムッとしてしまっている恋は、形のいい唇を尖らせ頬をぷっくりと膨らませる。そしてカレンを急かす。
「もう、早くぅ。ギュッてしてよ」
その表情は、だだをこねる幼子のようであるのだが、カレンには、そうは見えていないようだ。
ほんの一瞬の出来事だった。
それまで心配そうに恋の僅かな機微も逃さないというように、気遣わしげに向けられていた眼差しも優しかったはずの表情も霧散してしまう。
代わりに、カレンはずいぶんと男らしい色香を纏った、妖艶な雄の表情へと変化した。同様に、これまで一度も耳にしたことのないような、低く高圧的な声音を響かせる。
「そんな可愛い顔で、しかも無防備に。これまで俺がどれだけ我慢してきたか知りもしないで、無意識に煽りやがって。もう、どうなっても知らないからな」
それまで被っていた、可愛らしい女子の皮を脱ぎ捨てたかのような豹変ぶりだ。
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