2825人が本棚に入れています
本棚に追加
簡単に言えば現実逃避していたのだ。
思い通りにいかない現実を嘆いたって仕方ないが、今夜ばかりは許してほしい。
どうしてかといえば。
数時間前に、契約社員として約一年受付担当として務めていた、藤花総合病院から派遣会社を通して契約更新しない旨が伝えられたから。
実は先月、実家の家業であるフラワーショップを経営している父が交通事故を起こして足を骨折し、現在も入院中なのだが。
その代わりに恋が店頭に立っていたのを運が悪く上司に見つかり、口頭で注意を受けた。
間が悪いことに、数日後、父の事故の件と店のことで、二日連続遅刻する羽目になった。
どうやら副業のせいで職務が疎かになっていると判断されてしまったらしい。
今日は、そのことで意気消沈していたのだ。
それをいつものように、メッセージアプリを介してカレンを呼び出し、愚痴を聞いてもらい、慰めてもらっていたのだった。
人間誰しも酒に頼りたいときがある。酒に酔って何もかもを忘れ去りたいときが。大抵終いには酒に呑まれてしまうとわかっていても。
恋にとっては、それが今夜であったらしい。
「ちょっと、恋ちゃん。大丈夫なの? ねえ、恋ちゃんってばっ!」
それを証明でもするかのように、カレンに肩を揺すられながらかけられた言葉を最後に、恋は呆気なく意識を手放してしまう。
小説なんかでよく目にする酔ったときの描写が現実世界にも起こるのだということを恋が身をもって知った瞬間でもあった。
とはいえ、この瞬間の記憶も曖昧だったために、実証などできないのだけれど。
最初のコメントを投稿しよう!