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「作家さんですか」
と、声をかけてきたのはポニーテールのよく似合うお嬢さんだった。シルバートレイを胸に抱き、にっこり微笑みかけてくる。所作の一つひとつが折り目正しく、白いコスチュームは折り目ひとつなく、心地よい印象を受けた。テーブルに置かれたばかりのコーヒーカップの存在を忘れて、ついつい頷いてしまう。
「やっぱり! わたしの目に狂いはなかったってことですね」
よく分からんが、それって飛び跳ねるほど嬉しいことかい?
「ええ、そりゃーもう。これはもう運命の出会いに――あ、失礼しました……わたしの趣味は読書ですので、プロの作家さんに一度会いたいと思ってたんですよ」
それで、どうしてこのオレが作家だと?
「このところ毎晩来られてますよね。そして必ずケーキセットを注文される。頭を使う作業には糖分が必要ですし、一心不乱にノートパソコンの画面を睨んでらっしゃる姿を見て、きっとそうだと推理したんです」
なるほど。たいした名探偵ぶりだ。でもそれだけじゃ、作家とは言い切れまい。
「黒いスーツに黒ネクタイ――それも毎日。とてもサラリーマンには見えませんもの」
見方を変えれば、毎日観察されていたということか――油断は禁物だな。
それで、何かご用ですかい、お嬢さん。
「お客さんのお名前を教えてもらってもいいですか?」
ペンネームで良ければな。大凶華氏郎だ。別に覚えなくてもいいぞ。
「逢魔が菓子郎? 変わったお名前ですね」
首を傾げてる。しょうがないので、上着の内ポケットから万年筆を取り出して紙ナプキンにデカデカと書いてやった。こういうところがA型だな、と一人で勝手に納得する――
「ホラー作家ですか?」
首を振った。不正解の方はあちらからお帰りください、と言って、テラス席の出入り口に向かって顎をしゃくる。
「ふふ。お邪魔みたいですね。失礼しました。それではごゆっくり」
つれない態度にも関わらず、何故かうきうきしているように見えた。
面白い子だ。フリフリ揺れるポニーテールに向かって苦笑いする――
黒くてぴっちりしたタイトスカート。ツンと上がったお尻のかたちは、まあまあだな。背も高ければ全体のスタイルもいい。二十代前半だろうか。しかし女は化粧次第で変わるから年齢のことは何とも言えん。
「今エッチな目でわたしを見てましたね」
くるっと振り返り、白い歯をみせるウエイトレス。ホワイトシャンデリアに照らされてガラスに反射するオレの姿に気づいたのか。
とりあえず、親指でも立てておこう。
すると、ペロッと舌を出し、お返しとばかりにシルバートレイでお尻を隠される。試しにこちらが手を振ると、向こうも同じことをした。オレに気があるのは間違いない。悪い気はしないが、今はそれどころではない。
さてと……。
カフェラウンジに戻るポニーテールを確認し、仕事にかかることにした。
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