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『どろぼうのごくい』を教えてやろう。とは言ってもオイラも今修行中の身なんだけど。まず第一に必要なのは、すばやさだ。あまりあってはならないことだが、万が一家主に見つかったときに全力で逃げる必要があるからな。次に必要なのはしなやかさだ。狭い隙間をすり抜けたり、物音を立てずに着地したり、見つからないためのスキルと言ってもいいだろう。
「おい、トラ。サボってるんじゃない。まだ特訓の最中だろうが」
「はい、師匠。すみません」
おっといけない。師匠に怒られてしまった。トラっていうのはオイラの名前だ。茶色の毛並みにトラ模様だから、トラ。シンプルでいい名前だろう。少し前までは「みいこ」って呼ばれていたけど、メスでもないのにみいこって、ばっちゃんはセンスがないにもほどがある。ああ、ばっちゃんの話をしていたらむかむかしてきたな。ばっちゃんはオイラを置いて急に帰ってこなくなったんだ。ずっと一緒だって言っていたのに、大うそつきなんだ。だから大嫌いだ。
ばっちゃんが帰ってこなくなった家でオイラはひとりずっと待っていた。お腹が空いたって、オイラが家を出たタイミングでばっちゃんが帰ってきたら困るだろう。だから、朝も昼も晩もひとりで待ち続けたんだ。ばっちゃんがいつも座る座布団に乗って。ときには眠ったりして。そうして三回目に太陽が沈んだころだったかな。師匠が家にやってきたんだ。
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