秋、金木犀が香る日。

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とりとめもない話が尽きた頃、「そういえばさあ」と彼がお冷を傾けた。 いつもは夕方に会ってお酒を飲んでいたから、その手が普通のコップを持っていると、違和感がすごい。 「んー?」 「俺、結婚するんだわ」 ごほ、と飲み物がこぼれそうになった。 危ない。 ば、……この、……そんなこと、ひとことも。指輪も。 「おめでとう、よかったね。お幸せにね」 「ありがとう〜! 幸せでーす」 いえーい、とがさごそ鞄から出して寄越されたはがきは結婚式の招待状で、取り落としそうになった。 「はがき手渡しすることある?」 「お前の住所知らないもん俺」 「聞けばいいじゃん」 「今日会うし渡せばいいやと思って」 「適当すぎない?」 「大らかって言うんだよこういうのは」 「自分を美化しすぎでしょ」 というか。 「これ、今書いた方がいい……?」 「料金別納郵便っていうのにしてもらったから、後で送ってもらっても今渡されても俺はあんまり変わんないかな。2時には閉まるし、普通に話したくない?」 確かに、左上におしゃれなデザインで印字されている。 この人にこんな素晴らしいセンスがあるわけがないから、お相手の方のセンスだろうか。 「そうだね。慌てないでご飯食べたいから、後でゆっくり書くね」 軽口をたたきながら、お祝いを言えてよかった、とこっそり思って。 ……なにを。 浮かんだ曖昧な感慨を、紅茶と共に飲み下す。
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