泥棒見習い

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 高層ビルやマンションがそびえ立つ地区を過ぎてゆくと、こじんまりとした一軒家が立ち並ぶ一角がある。人通りの少ない、小さな街と言ったところ。    隣でハンドルを握る黒髪男が、いつぶりだったか、久々に口を開いた。    「今日こそは」    今日の目当ては、白壁2階建ての一軒家。年老いた夫婦が住んでいるという。  彼は団地の道路脇に車を手荒く停めてから、咥えていたたばこの火を始末して、一息ついた。  「合図したらお前も来いよ」  さっと車を降りると、あの一軒家の方へ歩いていった。  後ろ姿は全身黒で、白いスニーカーが際立つ。見るからに怪しい服装で堂々と泥棒するのだからたまったもんじゃない。  それからしばらくして、彼から無線が入った。「今すぐ来い」と言う。  「今行きます」と言いながら僕は彼の元へ向かった。    「お前の下調べ通り、誰もいない」  「鍵は?」  「窓なら開いてる」    家の裏手に回ると、確かに開いていた。  カーテンも開きっぱなしで、その部屋の奥には木製のドアが取り付けられているのが目視できる。それに、随分長い間使われていないのか、部屋の中はほこりっぽいように見えた。    「俺が入ったらお前もついて来い」    彼は躊躇なくその窓を全開にしてから、窓枠に手を掛けて室内に飛び入った。煙のようにほこりが舞い上がる。僕も続いて窓から侵入した。    侵入してからはのんびりしては居られない。家の主が帰ってくるまでに金目の物を盗んで逃げるのだ。  引き出し、押入れ、卓上、トイレ、玄関、風呂……。  「くそ、この家も何もないのか?」    リビングの家具の引き出しを開け閉めしながら彼が嘆く。  「デスクトップならあるけど」  「んなもん持って逃げれるかよアホ」  「んー、じゃあ……」    「本当に、貴重品だけ無いな」  その後も手当り次第探りを入れるのだが、一向に貴重品が見つからない。  手元の時計が15時を指したその時、絶えず動き続けていた彼の手が、突如して止まった。  「おい、今何時か」  「ちょうどおやつの時間です」  「そうか……。冷蔵庫からなんか盗って引き上げるか」  師匠――、彼は立ち上がって、キッチンへのしのしと向かっていった。  その間に、僕はさっさと取っ散らかした家具を整え直す。泥棒見習いの癖に、人の家を汚して帰るのは気が気でない。  「これが最新の冷蔵庫かぁ、すげぇなぁ」  そう呟きながら、両手に1つずつプリンのカップを持ってこちらにやってきた。とてもいつもの彼とは思えない、軽い足取りだった。僕の方に片手を差し出して、まるで悪い事をしたかのように微笑んだ。  だが、何かを思い出したのか、突然彼の表情は平常に戻った。  「この家の住人が帰ってくるまでに時間がない。急ぐぞ」  「待って、置いてかないで」  そう言い終わった頃にはもう、彼は目の前には居なかった。僕は彼の消えた影を追うようにして脱出、それから、僕たちが侵入した跡が残らぬように――窓を閉めた。    車まで戻ると、彼は不満そうな顔をして腕組みしていた。  「機嫌悪そうね」  「次は隣町を狙う。今度こそ盗む。とにかく金目の物を盗むつもりだからな。下調べは頼んだ」  彼は荒っぽい手付きで鍵をさして、エンジンをかけた。  僕はポケットからメモ帳を取り出して、ボールペンでメモする。  「ちゃんとメモ取ったか?ちょっと見せてみろ」    隣の黒髪男はチラと僕の方を見てそう言ったが、見せる気は全く無い。  彼がアクセルペダルを強く踏み込んだのを確かめてから、返答してやった。  「脇見運転は駄目ですよ」  はーい、そう言って彼はハンドルをグッと握った。  車が進みだして、僕はさっき彼のせいで書き終えられなかったメモをまた取り始めた。このメモは、今度盗みに行く家の主に届けておこうと思う。    『家の主様へ。  今度の日曜日の昼下がり、お宅にお邪魔して、金目の物を盗むつもりです。  出来れば冷蔵庫にお菓子を入れて下さると幸いです。』    泥棒見習いになって半年、まだ一度も盗めたことが無い。一体どうしてなのか、僕には未だに分からない。        
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