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◇
「まほろ~奈智ぃ~~、ただいまぁ~」
深夜、玄関先から聞こえてきた母の大きな声に私は目を覚ました。
真っ暗な部屋の中、ベッドの隅で充電していたスマートフォンを手探りで探し、時間を確認すると午前三時を過ぎている。
「今の声……、お母さん?」
ベッドから出ようとしていると、二段ベッドの上から奈智の眠たそうな声した。
「うん。奈智は寝てな」
ベッドから出て玄関に向かうと、赤い顔をした母が玄関先で干していた傘の持ち手を手にして座っていた。
母は部屋から出てきた私に気づくと、傘を持っていない左手を前後にバタバタと振った。
「誰なのよぉ。城ヶ崎ってぇ」
かなり酔っ払っているみたいだ。
母は聞き覚えのない名前を再び言い、誰なのよぅと繰り返す。
「何言ってるの。もう遅いんだから大きな声ださないでよ」
スナックのお客さんのことでも言っているのだろうか?
怪我をしたら危ないと、私は母の手から傘を取り上げた。
「お母さん、雨大丈夫だったの?」
「ん。タクシー乗ったから」
「タクシー……?」
非難するような声を出した私に、母はじろりと視線を向けた。
「何。濡れて帰ってこいってことぉ? 風邪ひいたら、明日の奈智の誕生日、お祝いできないでしょぉが」
「そうじゃないけど。これから生活費、今より厳しくなるかもしれないから」
「なんでよぉ~」
「バイト先が、来月でお店閉めるから」
絡んでいた母は、一拍ほど黙った。
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