25人が本棚に入れています
本棚に追加
◇
何度も母に電話をかけたが、留守電になっていて連絡がとれない。
病院へ向かうためにひとり乗ったタクシーの中で、電話の発信を切った指先は微かに震えていた。
九時頃にかかってきた電話は、病院からだった。
火事が起きた際、奈智は洋食屋の中にはいなかったが、逃げようとした人たちに押し退けられ、頭を強く打って倒れたのだという。
電話口の女の人は、切迫した声色で「意識が戻っていない」と私に告げた。
『行ってきますっ』
分かれ道の通学路でそう言った奈智の笑顔が頭に浮かんで、不安に押し潰されそうになる。
もしも奈智になにかあったら、奈智がいなくなってしまったら――――。
震える手で自分の鞄を握りしめたとき、ふと教室で話した瀬戸くんとの会話が頭を掠めた。
『たしか『願いが叶う』って意味じゃなかったっけ?』
私は鞄の中から落とし物の和紙の包みを取り出して印字してある『愿望成真』の文字を指でなぞった。
最初のコメントを投稿しよう!