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◇  何度も母に電話をかけたが、留守電になっていて連絡がとれない。  病院へ向かうためにひとり乗ったタクシーの中で、電話の発信を切った指先は微かに震えていた。  九時頃にかかってきた電話は、病院からだった。  火事が起きた際、奈智は洋食屋の中にはいなかったが、逃げようとした人たちに押し退けられ、頭を強く打って倒れたのだという。  電話口の女の人は、切迫した声色で「意識が戻っていない」と私に告げた。 『行ってきますっ』  分かれ道の通学路でそう言った奈智の笑顔が頭に浮かんで、不安に押し潰されそうになる。  もしも奈智になにかあったら、奈智がいなくなってしまったら――――。  震える手で自分の鞄を握りしめたとき、ふと教室で話した瀬戸くんとの会話が頭を掠めた。 『たしか『願いが叶う』って意味じゃなかったっけ?』  私は鞄の中から落とし物の和紙の包みを取り出して印字してある『愿望成真』の文字を指でなぞった。
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