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「え?」
「もう少ししたら、もっといい暮らしできる」
何を言ってるんだろう。
「どういうこと?」
母は黙ったまま、ぱくぱくとパンを口いっぱいに頬張った。
「また適当なこと言ってるんでしょ」
「てきほうじゃな……」
パンを詰め込んだまま何か言おうとした母は、喉につまらせたのか言葉の途中でゲホゲホと咳き込んだ。
どんどんと胸を叩いた母の手が、テーブルの上にあったデパコスとポーチにあたり、落下したポーチからもバラバラと中に入っていた化粧品が床に散らばった。
「ちょっと、大丈夫?!」
「み、みず………」
慌ててコップに水を入れて母に差し出す。
水を飲んでいる母の代わりに私は床に散らばった化粧品を拾い集めポーチに入れた。
口にする言葉も、その行動も、悪気がないのは、わかっているんだ。
でも、悪気がないから、悪くないとは限らない。
私は母のようにはなりたくない。
「……おねえちゃん?」
キッチンの奥のドアが開いて、眠そうな顔をした弟の奈智が、眼鏡をかけながら姿をみせた。
「あれ? お母さん、帰ってたんだっ」
奈智はキッチンテーブルに座っている母に気づくと、ぱっと嬉しそうな顔をして駆け寄ったが、そばで化粧品を片付けている私に気づいて、険悪そうな空気を察したのか少し気まずそうに目を泳がせた。
水を飲み終えた母は喉のつまりが落ち着いたのか呼吸を整えるようにすると、奈智の方に顔をむけた。
「奈智、また机で寝てたでしょ。寝るならちゃんとベッドで寝なきゃ」
「あ、じゃあ、これかけてくれたのお母さん?」
母の言葉に、奈智は羽織っていた赤いカーディガンを裾をひっぱった。
「最近、眠いんだよね。勉強したかったのに」
「また勉強してたの?! まだ小学生なんだから、もっと遊びなさいよ~」
母は信じられないという顔をすると、奈智の頭をポンポンと撫でて立ち上がった。
小学五年生の弟は、誰に似たのか頭がいい。
「どこかいくの? 仕事?」
ばっちり化粧をした母を見上げて奈智がそう尋ねると、母は首を振った。
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