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「ううん、まほろが怖いから退散っ」
「……仕事でしょ」
ぼそりと訂正した私に視線を向けた母は、ふうっと息を吐いた。
「まほろも、若いのにネチネチ、ガミガミ。節約だ何だって隠れてへそくりみたいなことしてるの知ってるんだから。
バイトばっかりしてないで、彼氏でもつくって楽しみなさいよ」
私はギロリと母を睨んだ。
誰のせいで。
生活費が足りないからアルバイトしているのに。
母は「おーこわっ」と冗談めかして言うと、そそくさと部屋からコートを持ってきて、玄関で「それじゃよろしく~」と私と奈智に大きな声で言って、夜の街へと出掛けていった。
嵐が過ぎ去ったように静かになったキッチンで、奈智が心配そうな顔をして私を覗き込んだので、「お腹すいたね」と笑ってみせた。
気を取り直して、ご飯を作ろうと台所に向かおうとしたときだった。
「待って。お姉ちゃん、これ!」
キッチンテーブルの下にしゃがみこんだ奈智が、何かを拾って私にみせた。
奈智の手に握られていたものは、拾いそびれた母のデパコスの口紅だった。
これひとつで、何日の食費になるだろうとつい考えてしまう、そんな自分に悲しくなった。
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