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夕方…まだ時間は早いが、店内はすでにサラリーマンで埋まっている。たぶんどいつもこいつも直帰を決め込んだ連中だろう。ひとりで飲んでいるしょぼくれた中年も、会社の後輩を連れた若くてイキのいい奴も、みんな解き放たれた表情をしている。そうだった…今日は花金じゃないか。一週間のウンザリするような時間をやっと乗り切って、これから待望の週末だ。このせっかくの週末に、こんな先の暗い話を聞かされたんじゃ、妻だってたまらんだろう。話すのは来週にしよう。
かなり無理やりな言い訳のようにも思えたが、そう考えるとちょっとだけ気が楽になった。
ついでに郷里の母親と父親にも、言わないでいい事にしちまおう。本来なら実家へ帰ってちゃんと報告するのが筋なんだろうが、考えてみたら実家へはもう十年以上帰っていない。そんな息子が久しぶりに帰ってきた…と思ったら、自分はガンだと告げるなんて、親達にしたって願い下げだろう。
所詮親と子なんて、時折電話で当たり障りのない近況を話すぐらいがいい距離なんだ。
「あら、今日は早かったんですね。どうしたの?」
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