乾杯の後に…

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五度目か六度目に逢った頃からは、個室のドアが閉まり切るのを待たずに抱き合い、一曲も歌わずに互いの唇を求め合った。けれども彼は、けしてそれ以上は求めてこなかった。きっと彼にとっては、守るべき一線はキスの先にあったのだろう。だからそれ以上に進む気配はなく、彩も安心して七回、八回とキスのひとときを愉しむデートを重ねた。 胸に触れられたワケじゃない…。ましてSEXした訳でもない…。彩にしてみれば、そう言いたかったろう。キスの時に抱き締められた以外は、彼は手を繋いできただけ。カラオケの個室の中で、あるいはカラオケ店から駅まで彩を送る時に…。紘一の手は、最初は不器用に上から彩の手を握るだけだったけれど、じきに指を絡ませるようになり、そして指を一本一本絡ませて握りしめるようになっていった。それが彼の気持ちのせつなさを表しているように想えて、彩も一緒にせつなくなっていった。 なんとなく予感はあった。そろそろ彼はこの先へ進みたがっている。もう一歩踏み出したい欲求と、踏み出した結果、この関係が壊れてしまわないか…という不安の間で揺れている。それがメールや逢っている時の彼の態度の端々に感じられた。
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