乾杯の後に…

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聡がひとしきり脈動して果てた時、彼女はいっそう強く抱き付いてきて、そう言った。何よりも、彼女も一緒に歓喜の中にいることを感じ取れて、うれしかった。そして後始末をしようと動きかけた聡に、彼女が言ったひと言…。 「お願い…もう少しだけ、このままでいてください」 抱きしめた肌の温もりは、真冬の欧州の寒さも忘れるぐらい、心地よかった。 しかし帰国して以降、ふたりは再び関係を持つことはなかった。頻繁にある国内の出張は聡ひとりで行かざるを得ず、彼女は相変わらずデスクワークだったから、ふたりきりで一夜を過ごす機会もなかったのだ。 もしあの後に、海外出張が幾度か続いていたら、あるいは国内出張でも一緒に行くことがあったとしたら、もしかしたら彼女との関係は続いていて、もっと深まっていたかも知れない。いまでも聡はそう思っている。 けれど事実としては、それは「たった一夜の関係」だけで終わった。数年後に振り返ってみれば、「何も始まらなかった。だから何も終わりもしなかった」…と言えてしまうぐらい呆気なく、些細な出来事として記憶の隅に置き去られただけだった。
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