乾杯の後に…

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狭く、奥まで入り組んだ壁が続く、疚しさを象徴したようなエントランスの通路。そして空いている部屋の写真だけが煌々と光を放つ受付。彼が黙って部屋の写真のボタンを押すと、ガタンと音を立てて下のトレイにキーが出てきた。 エレベータに乗ると、彼の腕が腰に回されるのが解った。黙ったまま頭を彼の肩に預ける。 廊下を通り、部屋のドアを開け、それが閉まるまで、ふたりともひと言も口を利かなかった。部屋の奥に入ると彼の腕に力が入った。されるままに抱き寄せられ、自分も相手に腕を回して胸に顔を埋める。自分の心臓が、まるで別の生き物のようにドクッドクッと激しい音を立てていた。 …やだ、なに…コレ。まるでバージンみたいじゃない。 頭の中が真っ白に飛んでいて…そう言い訳したかったけれど、実際の頭の中には妙に冷静な自分がいて、既婚者同士で抱き合う自分をコントロールしていた。 心臓の高鳴りは…たぶんこの部屋に着くまでロビーや廊下で誰かに見られるんじゃないか、他の宿泊カップルと出くわすんじゃないか…と怯えていた自分の鼓動だった。
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