乾杯の後に…

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じきに限界は来た。穴の壁が耐えきれず崩れ、便座の椅子が穴に転げ落ちる。彩は穴に落ちまいと必死で手を伸ばして周囲を囲ったフライシートの支柱に捉まった。けれど支柱は彩の体重を支えられるほど深く埋められているわけではない。彩が握りしめたまま、支柱はゆっくりと傾いていき、呆気なくトイレの小屋は倒れた。 彩が悲鳴をあげたせいでキャンプサイトにいた全員が異常に気付いて、トイレの小屋の方を振り返った。そして誰かが言った「野生のタヌキにでも襲われたか」のひと言で、みんな一斉に彩を助けようと駆け付けてしまった。 幸いにトイレを囲っていたフライシートが彩の身体に覆い被さっていたために、下半身を剥き出しにした姿を晒す最悪の事態は避けられた。けれどフライシートの下で、みっともなくジタバタしている自分を助け起こしてくれた聡に、「ありがとう」のひと言も言えなかった。べそをかきそうになるのを堪えるだけで精一杯だったから…。
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