或る復讐鬼の回顧

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或る復讐鬼の回顧

 例えば。  貴方が何かとてつもなく理不尽な目に遭って命を落として、地縛霊になったとしよう。  このままでは恨みに縛られて、天国にも地獄にも行くことができない。その恨みを、どうにかして晴らしたい。そう思った時貴方は何をするだろうか。  基本的には自分に“理不尽”を向けた対象を憎むだろう。多くはその対象は人間になる。  己をいじめて自殺に追いやったクラスメートだとか。  自分を手ひどく捨てた恋人だとか。  逆恨みで自分を撃ったどこぞのテロリストだとか。  社会への不満を、無関係の人を殺すことで晴らそうとしたどこかサイコ野郎だとか。  自分を電車に飛び込ませるようなパワハラやセクハラをかましたクソ上司だとか。  そういう奴らに復讐し、自分と同じ苦しみを与えてやりたいと思う人間は少なくないはずだ。夢枕に立って延々と恨み言を語り、そいつを追い詰めて屋上から飛び降りさせるのも良し。首を吊らせるのも良し。  もっと悪霊としての力があるのなら、そいつが自殺しなくても呪いで殺してやるなんてこともできるだろう。何もしてないのに突然息ができなくなる恐怖。心臓を握りしめられる恐怖。そういうものに絶望して、七転八倒して死んでいく。悪霊としてはきっと、気分がすーっとするに違いない。 「しかしだね、僕はそういうことをしようとは思っていないんだ」  公園のベンチに座り、僕はその相手に語りかける。 「だって、一人二人首を吊らせたり電車に飛び込ませたところで、世界なんかちっとも変わらないじゃないか。僕が一番憎いのは、僕の死の原因を作った上司たちじゃない。もっと大きな、この社会の仕組みそのものにあるんだよ。あの二人が死んで、この狂った世界が変わるか?答えは否、だ」  目の前には、真っ黒な猫。彼はいわゆる“見える”存在だった。僕のように、既に悪霊としての存在が希薄になりつつある奴もばっちり存在を認識できる、それくらいの強い力を持った奴である。  人間はちょっと幽霊の気配がわかるだけで“霊感持ち”扱いして大騒ぎしているようだが、僕から言わせればそんなもんは滑稽だ。動物たちを見てみろ。君達は、猫が何もない場所をじっと見つめている光景を目にしたことはないか?何もない場所に突然吠えだすところは?何があるわけでもないのに、特定の道を歩こうとするとリードを引っ張って極端に嫌がるような経験は?  覚えておいた方が良い。人間より遥かに動物たちは見えるし聞こえるし感じる。場合によっては、死者と意思の疎通さえ可能だ。  さらに言うと、人間が思っているより彼等はずっと賢く、人間が喋る多くの言葉を理解できているのである。それなのに通じていないことが多すぎるって?そりゃ、犬や猫は人間の奴隷じゃない。従いたくない言葉は聞こえていないフリをした方がよほど利口じゃないか。ただ、それだけの話なのだ。 「……お前さんのような地縛霊には、初めてお目にかかったぜ」  黒猫は僕の隣でうーんと体を伸ばして言ったのだった。
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