或る復讐鬼の回顧

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「大抵の人間は、憎い“人間”を呪って終わりになるか、終わりにできなくて不特定多数を呪う“呪い”そのものに成り果てるかのどっちかだってのに。お前さんは、人間そのものは憎くないってのかい?」  黒猫の声は、僕には結構なおじさんの声に聞こえた。二十代で死んだ僕よりも、ずっと年上ってかんじの声だった。彼がいくつなのか、見ただけではよくわからない。太陽の光を浴びて艶々と光る黒い毛は美しく、成猫になったばかりだと言われても納得できるほどではあったが。実際は、結構いい年なのかもしれなかった。  そういえば猫の中には、時々既に生き物の理を外れている者もいると聞いたことがある。最近の猫又は、シッポが二つに割れていたりしないので、そのへんを歩いていても見た目だけで見分けはつかないのだとか。案外、この黒猫もその類なのかもしれなかった。 「人間が憎くないわけではないさ」  僕も彼にならって、うーんと腕を伸ばした。この世界の“あるもの”にすっかり溶けている僕の体は、既に殆どが透き通ってしまっている。おかげで、霊感がある動物たちの多くからも既に認識されていない。もはや話し相手と言えるのは、この黒猫くらいなものなのだった。 「でも、それ以上に消さなければいけないものがある。そう思って、僕は十年もの時間をかけたんだ」 「ということは、お前さんは既に死んでから十年も地上にいるのか。気の長い話だな。十年前に生まれた赤ん坊が小学生になってるぜ」 「僕だってそりゃあ、さっさと復讐を遂げて終わりにしたかったよ。でも、僕はそんなに呪いの素質があるわけではなかったからね。じっくり時間をかけないと、目的を果たすことは不可能に近かったんだ。しかも、神様の力を借りるようなこともできない。だって僕の目的を話したら間違いなく反対されてしまうもの」 「おいおい。神様に反対されかねないようなことを、一人の人間がやろうってのか?そりゃとんでもねえ話だ。俺様に話して良かったのか?」  黒猫は訝しげに、僕の顔を覗きこんでくる。 「俺は、人間がどうなろうが社会がどうなろうがどうでもいいんだ。けど、俺様が生活していくのさえ困難になるような世界になっちまったら困るんだよ。毎日の散歩道が泥のように崩れちまったら困るし、地面を踏みしめるこの四本の脚がなくなっちまっても困る。このあったけえ太陽の光がなくなって真っ暗な冷たい世界になっちまっても困るんだ。まさかお前さん、そういうことをやろうとしてるんじゃないだろうな?」  ちろちろと前足を舐める姿は、実に愛らしい。僕は彼の頭を撫でながら、そんなことしないよ、と言った。 「太陽を消すって。そんなことができたら僕は神様じゃないか。そもそも、太陽って地球の外にあるんだよ?地球の神様だけの管轄だと思うかい?他の惑星も巻き込むんだし、それができたら僕は神様を超えた存在になってしまう」 「言われてみりゃ、それもそうか」 「そうそう。いくら僕が強い気持ちで地縛霊として十年準備したって、それだけで太陽を消すことなんてできるわけがない。買い被りすぎというものだよ」
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