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「ヒントが足らないって?仕方ない、もうちょっと教えてあげよう。僕の魂は今、世界中の“それ”に完全に溶けてしまっている。世界中の“それ”に溶けた僕は、大嫌いな“それ”の役割を全力で演じているところなのさ。まあ、僕は“それ”が大嫌いだからね。時折演技を失敗してしまって、人間達に訝しく思われることもあるようだけど……彼等もまさか、“それ”を一人の悪霊が演じているなんて、思ってもいないだろうさ」
もう、準備はすっかりできている。
あとは簡単。世界中の“それ”に成り代わった僕が、演じることをやめてしまえばいい。それだけで、世界は大混乱に陥るだろう。
「僕が“それ”を演じることをやめれば、世界中から“それ”が消滅することになる。それで僕の目的は達成されるんだ。彼等は自分達がいかに“それ”に縛られ、愚かな行為を自分に、あるいは他人に強いていたのかを思い出すことだろう」
「ということは、世界中にあるもの、にお前は化けているのか。うーん、金、とか?」
「考え方の方向性はあっているよ、黒猫さん。しかし、僕が化けたものはそんな物質的なものじゃない」
ちっちっち、と僕は指を振ってみせる。一度やってみたかったのだ、このポーズ。
「そうだなあ、じゃあ最大のヒントだ。僕は、とあるブラック企業の営業マンだった。そして、上司のパワハラに悩まされて、苦しめられて、鬱になって電車に飛び込んでしまった。まあ物語としてはよくある話。ただ、僕が一番憎んだのは上司ではなかった。ある意味では上司も“それ”に呪われた被害者だと知っていたからだ」
ここまで語れば、もう彼にも理解できたのだろう。しっぽをぴーんと立てて“まさか”と金色の目を見開いたのだった。
「おいおいおい。……そんなことが、可能だってのか?だってお前さん、いくら素質があったところで……元はただの人間だろう?」
「そうだね。でも、人間強い気持ちがあれば、十年くらいで大抵のことはできるようになるみたいだよ。死んだ僕にはもう、この執念しか残っていなかったからね」
僕はすくっと立ち上がり、右手を掲げた。
「じゃあ、そろそろ僕は行くよ。最期の話し相手になってくれてありがとう、黒猫さん。さようなら。願わくば、君にはあんまり迷惑がかからないことを祈ってるよ」
これで、世界中にいる“僕達”の演技が終わる。
パチン、と僕は掲げた指を鳴らしたのだった。
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