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言うや否や俺は走り出す。
こういうのは得意分野だ。好きとも言えるかもしれない。なぜなら今、体が高揚感で満ちているから。
人混みとは反対方向の下りの階段に
二段飛ばしで滑るように下りる。
人波が少ない方に行ってくれたのは幸いだった。
こっちには階段を下りたすぐ横に外に繋がるドアがある。しかも駅員が点検の時にしか使わないような目立たないものだ。確かに外に出るには一番近道かもしれない。
(でも俺なら木を隠すなら森かな)
多少時間がかかっても人の流れに逆らわない。なおかつ自然に壁になってもらう。そうじゃないと___
「すぐに追い付かれちゃうよっと!」
右手でジャケットを掴むと一歩前へ出る。男の体が前隅に倒れた隙に、反対の手を彼の脇の下に滑り込ませる。
そのままクルリと回転させると、後は流れるように動けば良い。
俺よりも体格のでかい男は肩越しに投げられ地面に腰を打った。
目を回してる男のジャケットの内ポケットを探る。彼の身なりとは似合わない、上質なレザーの長財布が出てきた。
「これで合ってる?」
ようやく階段の上部に現れた紳士に、ひょいとその長財布を見せる。
「ええそれです!」
降りてきた彼に渡すと、感謝の言葉を口にしながらお札を数枚手渡そうとする。
ここで礼には及びません、と断るのが俺の憧れるスマートで格好好い紳士像だ。
脳内で格好つけることと目先の生活費を天秤にかける。ガシャーンと傾いた。
明白だ。俺は震える手を伸ばす。
「どう···も···」
「随分苦しそうですけど大丈夫でしょうか?どこか痛めたとか」
「違うんで大丈夫、理想と現実の深い隔たりに打ちのめされてるだけなんで···」
「···?」
そこで上から声を張り上げて俺たちに呼び掛ける人がいた。
「この下は関係者以外立ち入り禁止ですよー!何をしてるんですか?」
「お、いいところに!」
足元で伸びてる男を指差すと、反対の手を口元に当て叫ぶ。
「この男窃盗犯ですー!鉄道警察を呼んでいただけますか?」
驚いた様子で駆けていく駅員。
これで一件落着だ。
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