フレネミー

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「それにしても素晴らしかったですね。先程の犯人を捕らえる動き。」 俺は嬉しくなって説明する。 「これ柔道っていうの。東洋のどこだったかの伝統的な武術だって。凄いんだぜこの武術。相手の力を利用するっていう考えがモットーで、極めれば自分より二倍も大柄な人間をぶん投げられるんだ!」 柔をもって剛を制すってやつよ、と言いながらさっきの動きを真似て体を捻らせる。 「なるほど、東洋の武術ですか。どなたから教わったのですか?」 「んーそうゆう訳じゃない。貸本屋で見た本に書いてあった内容さ。一言一句思い出せるからその通りに動いただけ。 マジックだってそうだよ、教わった訳じゃない。路上パフォーマーのを何度も見て見破って、それを自己流に工夫を加えたりして今の形になった。」 紳士は楽しげに目を細めると言葉を紡いだ。 「貴方は本当にすごい、才能に溢れていらっしゃる。」 俺は目を輝かせて振り返ると自慢げに胸を反らす。 「でしょう!もっと誉めてくださってもいいんですよ。」 それを見た紳士は何故か堪えられないと言う風に肩を震わせて笑う。その所作すらも上品で俺はちょっと悔しくなるが、笑われる所以が分からない。 俺は膨れっ面になって尋ねる。 「ちょっと、何が可笑しいんですかミスター。」 「嗚呼、違うんですよ。気を悪くさせたのならすみません。ただ君の、若者特有の無駄に自信に満ちた雰囲気が懐かしくって。」 コロコロ変わる表情も、私には無いものですから飽きませんね。惹き付けられます。 そう続ける紳士の言葉に脳内で思う。 そりゃあそうだ。パフォーマーはいつだって相手を惹き付けてないといけない。 俺は人差し指を唇の前に持っていく。 なるたけ優雅に弧を描くようにして、口元に微笑を浮かべる。 「無駄でも根拠のない自信でもないですよ。俺は数年後にヨーロッパ中を回る希代の手品師になる予定だからね。今はまだチャンスがないだけさ。」 「マジシャンの業界がどんなものなのか分からないのですが、貴方は充分な技術があるように思えます。 まだ街頭パフォーマンスのような下積みが必要なのですか」 「そうそれ!」 俺はご名答だとばかりに思わず指を指す。 「俺先月までそこそこ大きな劇場で前座を任されてたんですよ。他の奴らより評判が良いみたいでほとんど毎日予定が入ってたんだ!忙しかったけれども充実もしてた。ただそこの経営者が質の悪い人でさ、散々働いたのに給料の未払いでそれっきり!酷くないミスター?」 高飛びされたんだよー、と不満たらたらの声で続ける。 後から耳にした話だとその経営者の貴族は手当たり次第に新しい事業を始めては行き詰まるを繰り返していた。 金巡りが悪化していたところへ、自分の所持する炭鉱での大規模な採掘事故。 最後まで黒字だったのは劇場だけらしい。職場であった劇場は、特段人の入りが悪い訳じゃなかったので気付くのが遅れた。 「あのまま順調に積み重ねれば俺が主役のショーをやれるのも近いと思ってたのにさー!人生とは儘ならないものだね」 「それは災難でしたね」 紳士は眉を八の字に下げて言う。しかしそれから考え込む様子で沈黙した。 俺は首を傾げ、思い当たる。 貴族の世界は狭い。その上繋がりが濃い。この紳士が例の経営者の友人である可能性が充分にある。なんなら親戚かもしれない。 (やべぇ悪口言っちゃったじゃん!いや、でも給料よこせは真っ当な意見だし大丈夫だよな?) 珍しく緊張して冷や汗が出るのを感じる。すると紳士が口を開いた。 「最初に貴方は仕事を探しているとおっしゃいましたよね?」  「え、そうだけれども···」  「ウェストエンドシアターの一角に私の経営する劇場があります。実はそこで前座をやってくれる方を求めてましてね」 紳士はそこで一旦言葉を区切ると楽しそうに目配せする。 「貴方ならやって来たお客様の気持ちを盛り上げ、惹き付けて離さない。そんな魅力的な時間を提供してくれそうです。興味はありませんか。」 俺は前のめりになってブンブンと頷く。 犬だとしたら千切れんばかりに振る尻尾が見えただろう。 「やりたいです、是非に!」 「それは良かった。」 「やりぃー!!」 拳を上げてガッツポーズをする。 やはり人助けはするべきだ。 こんな風に運が舞い込んでくる。 最も窃盗犯に関して言えば、個人的に追いかけたかっただけ。力試しと楽しそうだからというのが正しいかったのだが。
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