フレネミー

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それから数時間後、俺は警察署にいた。 定時はとうに過ぎているので部屋には俺しかいない。 目の前には窓があって外はどっぷりと暗い。霧に呑まれてしまいそうな頼り無さげなオレンジの街灯が灯っている。 椅子に座ったまま俺は腰を反らす。 文書とのにらめっこに疲れたので、顔を上げてぼんやりと窓を眺めた。 外は暗いので窓には室内の様子が反射する。そこに写る背後の扉が開いた。 続いて現れたのは数時間前に捕まえた犯人。 驚くことなく振り返ると俺は同僚に声をかけた。 「よおテッド、お疲れ様」 「本当だぜ。留置場に入ったは良いものの迎えが中々来なくてな。」 年は二十代半ばだが、伸ばした顎髭のせいで幾分か年上に見える。従軍経験もあると言う彼の体はスーツが若干キツそうだ。 「ようやく来たと思ったら忘れてただってよ。信じられるか!?」 いかつい体格のテッドはそれに似合わない今にも泣きそうな表情になる。 ガタイのいい男が泣きべそをかくアンバランスさに俺は思わず吹き出しそうになるのを必死で堪えた。 「それは散々だったな。本当にお疲れ様だ。」 「あんたにも文句言いたいことはあるんだからな。財布取り返す時、あれ俺のこと投げ飛ばす必要あった?」 「うんあれは完全にパフォーマンス」 涙目でそう尋ねられれば、確かにノリノリだった自覚のある俺はそっと目を逸らすしかない。 テッドの恨めしげな声が続いた。 「そんなことだろうと思ったよ。パフォーマンスでブッ飛ばされるこっちの身にもなれよ···」 そのままブツブツと彼は呟く。 「あー俺も一度でいいから悪人以外の役回りがやりてー」 「テッドは親切ぶって声をかけるには少々人相が悪いんだよな。」 子供に好かれることで自分は無害な人間であると、無意識に相手に刷り込ませる。それは今日みたいな事をする場合の常套手段だ。 『子供達だけが沢山集まっちゃった。』 ほんとは違う。子供をターゲットにやったのだ。分かりやすい驚きが得られるマジックを選ぶ。お菓子やぬいぐるみ、子供が興味を引く小物をわざと見せびらかしては渡す。 「努力でどうにもならない部分を言うなよ」 いよいよしょぼくれてしまったテッドの肩を叩く。からかいすぎたかもしれない。 「悪い悪い、俺は知ってるぜ。見た目と性格は一致しないものだし、テッドは誰よりも気配りが出来て博愛精神に満ちた人間だ。」 茶化したように喋っているが事実だ。俺は本当に彼が今まで出会った中で一番博愛の心を持つ人だと思っている。 純粋に人を信じ、愛する心。 「おうその通りだ。」 俺の心の底からの褒め言葉にテッドはまんざらでもなさそうな顔になる。 そのまま煙草に火を付けると、ごくごく自然に側の窓を開けた。 「うおっ寒いな」 (別に閉めたって良いのに) この国では喫煙率が高くて煙草なんて成人男性は誰もが嗜むものだ。 でも俺は嫌い。 いつだったかポロリと溢したその言葉をずっと覚えていてくれる。 ほらこういう所だ。誰よりも優しくて、気配りが出来る。 書類に暗い影が落ちる。テッドが座っている俺の頭上から覗きこんでいるのだろう。上目遣いで喋る。 「次の接触の細かい点を練っていた。なんせ次に会う所は彼の経営する劇場だからな。集められる情報が沢山ある。」 机上に乱雑に広げられた紙の束。 それらは一見すると同じ日付に同じ内容、でも所々違っている二つの帳簿。 脱税者が行う良くある小細工だ。 機密情報を手にして、したり顔で笑う。 「決定的な材料がもう少し必要だ。俺が絶対手に入れてやる。」 書類と一緒に挟まれた写真には、今日出会った上品な老紳士が写っていた。 「あまり根詰めるなよ」 したり顔の俺に呆れたように言う。 心意気はあるが疲れてるのも事実だった。俺はごちゃごちゃと広げた書類の束を一つにまとめる。 それを手伝いながらひょいとテッドが写真を手に取った。 「それにしても如何にもって感じの貴族だよな。」 「だよなぁ。今日会ってひしひしと感じたんだけど、この感じ俺憧れてるんだよね。分かる?優雅で品が良くて大人の余裕を持ってる感じ。」 「あんたがあの雰囲気を出すには落ち着きが無さすぎる。諦めな」 最もな指摘に苦笑する。 その通りかもしれない。 俺達が最後のようなので部屋のカーテンを閉めて回る。 窓に反射する自分自身の顔。 俺は今、どんな表情をここに立っているのか。分からなくなって、不安になって覗き込む。 「前から思ってたんだけどよ、あんたは人を騙して演じてる時笑うよな。」 今日の事を思い出して言っているのだろう。 テッドにはそう見えたのか。 「そうか?あんまり自覚ないけども」 「この前あんたと組んだ潜入捜査も、バレたら即銃撃戦だ。俺は緊張でどうにかなりそうだったのにあんたは今までにないくらい生き生きしてた。」 俺はヒラリと手を上げた。 内心の動揺を隠して。 「今度から気を付けるよ。」 「まあ今回は快活な青年という設定だったし、不自然ではないから良いんだけどよ···」 「···」 疲れで判断力が低下する深夜、気のおけない同期と二人きり、誰にも聞かれる心配はない。 何もかも喋りたいと一瞬判断を誤ってしまったことだって仕方ないはずだ。 「···なぁ俺は演じるとき生き生きとしてるんだろ?警察としての俺はどうだ、生き生きしてるか?」 思い詰めて今にも死にそうな顔の俺と、テッドの瞳が交わる。 「···え?」 その表情に驚いただけなのか、思い当たる節があったのかテッドの顔色が変わった。 「お前それってどういうっ」 誤った。俺はテッドの言葉を遮るように手を叩く。言葉の調子を努めて軽薄にする。 「流石に冗談だって、俺はそんなに器用じゃない。」 「ほんとか!ほんとだよなぁ!?」 首根っこを掴みそうな勢いの同僚をやんわりと剥がす。この慌てぶりが思い詰めた表情をする俺を心配してなら心底嬉しい。 悲鳴のようなテッドの声に俺は笑った。 テッドは本当に良い奴だ。 だからこそ、心が痛くなった。            ________fin.
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