フレネミー

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黒光りするフォルムが黒煙を吐いてホームに滑り込む。 ロンドンの西側に位置するパディントン駅は今日も雑多な人混みで溢れている。 1 番線ホームの時計の下、そこに置かれたベンチに座った俺はだらけた姿勢で人混みを観察した。 目の前に停車したのは先ほど滑り込んだ蒸気機関の一等車。 そこから身なりの良い婦人が降りてくる。次に子供、老夫婦。 俺のいるベンチの数メートル横、そこには物乞いの老人がいた。  今しがた降りてきた人々は彼らをまるで存在しないもののように扱い、ただ通りすぎていく。二つの身分は近くにいるが決して交わることのない。これが階級社会で雁字搦めにされた栄えある大英帝国(バクスブリタニカ)だ。 ここまで考えて俺は軽く頭を振る。どうやら何もしない時間を持つと、人は自然とマイナスな事を考えるらしい。 なんせ俺は三時間前からここにいる。   (あんまり長い時間、休憩しているとやる気を無くしてしまうな。つーか既にないからこうして人間観察に明け暮れているんだけどさ。) 一等車から出てくる人間を暫し眺めていると、ふと目を引く初老の紳士が降りてきた。 オーダーメイドのスリーピースに身を包んだその人はいかにも貴族然とした品のよさがある。なにが違うのか分からないが彼の所作は一等上品だ。思わず視線を向けてしまう、そんな優雅さと気品を兼ね備えている。 おそらく懐中時計だろう。 ジャケットのボタンからポケットに繋がっているチェーンは黄金色をしていた。 (お金持ってそー。) 帽子から靴先まで高級品で揃えられた老紳士。それらは全て彼自身に相応しい物として馴染んでいた。 服に着られない、それには彼自身の魅了が必要だ。 高級品を持つに相応しい人間になりたい。俺のなりたい憧れの雰囲気はまさにその老紳士のような雰囲気だ。 紳士と自分を重ね合わせるとわくわくする。少しヤル気が出てきた。 横に置いていた小ぶりのトランクとシルクハットを手に取る。 「さて___一仕事といきますか。」
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