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「昔話で神様の使いが降りて来て予言したっていう話があるの。それは魔女が増える前、時間遡行で戻った未来人って言う説があったわね」
のばらがしおんの手を取る。
「ねぇ、しおんが生まれてこなければよかったって思ってたの知ってるよ。わたしも思ってた。でも、いまは違う。たとえここで死んでも、私、あなたに、みんなに会えてよかった。魔女がいない、この施設がない運命の私はこの年まで生きてるかわからない。もっとつらい死を迎えるかもしれない。でも、もう一度しおんに会えるように頑張る、頑張るわ」
のばらはしおんの頬に触れた。しおんは何か言いたそうだけど、言わない。顔がかなしげにゆがむ。今から死ぬのばらよりもしおんの方が泣きそうになっている。それもそうだ。彼女は不確かな魔法だけを手に、親しい友を見送って、味方が誰もいない世界で、命を無理やり背負わされる。それを止めることも、できないと嘆くこともできるけど、僕たちの希望がそこにしかないとわかっているしおんはいうことをきくしかない。
「きっと生きるから。また、会いましょう。このリボン本当にうれしかったの、だから返さないし、また、ちょうだいね」
のばらはわたしにはあまり見せない幼い表情でしおんに言った。しおんはただ茫然としている。
火は燃えている。遠くの方で音がしてる。ここにもじきに、人が来るだろう。あまり残された時間がない。
「のばら」
のばらは僕のそばに来た。僕と手をつなぐ。
完全に体が冷え切ってしまった。今更ながら寒くて寒くて死にそうだ。だから、暖かくして。
「つまらない人生だ。最悪な人生だった」
のばらは僕の手を力強くつかむ。だから僕もつかみ返す。
「運が悪かったの。運が悪かったにしては、みんな精一杯頑張ったわ。ねぇ、しおん」
のばらはしおんに微笑んだ。ちょっと硬い表情は、寒いから。全部、全部寒さのせいだ。友が死んだからでも、追い詰められたからでも、これから死ぬからでもない。
しおんは顔を上げる。誰かは誰かを助けるために、誰かは誰かの助けを待ち、みんな、誰かを思って死ぬ中、全員が死んだと知って、ないかもしれない希望を、みんなの命を背負う彼女。世界中、敵の世界でたった一人残される彼女は僕たちに笑顔を向けた。その笑顔は固いけど、これも寒させい。
「うん、みんな頑張ったよ。また、会おう」
強い雨はどうしようもなく止まない。それでものばらの火は一瞬にして燃えあがった。
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