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本当に知らないと言った表情の彼女に、わたしは頭が真っ白になりそうになる。
ウルスラはそんなわたしを見て少しだけ考えた。
「あぁ、そうね、人間を魔女にするには、魔法を使い慣れた魔女が魔力の総量と少女をつなげばいいだけだから、私は飛行の魔女、つなぐためのパスを世界中に飛ばしたのね。我ながら面白い魔法」
ウルスラは口の端を上げて笑った。
「面白くない。あなたが魔法を使ったために虐殺が起きた」
「今の私はそんな計画してない。もったいなかったのね。魔女がこの世からいなくなるのが。きっと死ぬ寸前におしくなった。それに人間が憎かった。なんとかしたかった」
ウルスラが惜しいと思う気持ちはわかる。今まで大した魔法を使えなかった時も、魔女というものはすごいと思っていたけど、時間遡行の魔法を使った時の高揚感はなにものにも代えられない。世界から祝福されている、特別な力が確かに自分にあるのがわかった。それでも。
「魔女にする魔法を使わないでほしい」
「魔女がこの世からいなくなってもいい?」
「それが仲間との約束だから」
「使わないとしてわたしになんの得が?」
「わたしは何度でも、時間遡行してあなたにお願いをしにくる。だから、あなたが使う意味がない」
「死ぬのに?」
「それでも、みんなのために、生まれて生きてきてよかったとおもえる死だから」
ウルスラは力が抜けたように座り込んだ。
「生きてきてよかったと思える死ね。……わたし、もうすぐ死ぬわ。気づいてるかもしれないけど、身体、限界なの。たぶん本当なら捕まって死んだんでしょうね。最後の最後、どうしても人間に一泡吹かせたかった」
はだけたローブから体が見えた。血だらけで、だいぶ失血してるみたいだ。人間ならとっくに死んでる。気力だけでなんとか逃げていたのかもしれない。
「あなたが来てくれて、風向きが変わったのかしら」
ウルスラはすっと細長い手を挙げた。
「何を」
「今、生きるすべての少女に魔力の総量とのパスをつなぐ、あなたが産まれるのなら、おなかの子供にもつなぎましょう」
「みんな魔女に?」
「そう、みんな魔女」
その言葉をきいてもなにもあせらない。世界中の少女が総量をわけあえば魔力は微々たるものになる。魔女とよばれるような力を持つことはない。
「元気のない花を元気にするみたいな、かすかな傷の痛みを痛いの痛いの飛んでいけで飛ばすぐらいの小さな魔法。使える魔法はその子の願い。願いをほんの少したすけるぐらいの魔法。これで魔女は死なない。よかった。私が最後の魔女で魔女を終わらせるなんて、みんなに顔向けできなかった。魔法があれば、いつかきっと、ちゃんとした魔女も現れる。わたしの思いも、みんなの思いも死なない。魔女は永遠に継がれていく」
ウルスラの指先に光がともって、そこから無数に飛び散った。
空を見上げた。月が頂点にある。ぼんやりと月がまどろんでいくけれど、それはわたしの視界がまどろんでいるからだろうか。
「また、会おう」
みんながそろそろ生まれる時間だ。あらゆるどこかで産声をあげるみんながしあわせでありますように。
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