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由香
僕の大学のサークルは、近くの女子大とも交流している。友達が友達を連れてきたりもするから知らない人がたまにいたりする。僕もたまに顔を出すぐらいだから、実際今誰がいるのかもよく分かっていない。
そんなサークルで、僕は由香に出会った。
彼女を初めて見た時、本当に可愛い子だと思った。
少し明るめのセミロングの髪に茶色がかった大きな瞳、淡い色のブラウスと白のスカートが優しげな雰囲気によく似合っていた。ブラウスからのぞく手首は細く、全体的に華奢だった。
笑顔が可愛く、僕は彼女の事をもっと知りたくなって「どこの学部の子だろう?」と友達に尋ねた。
「さぁ?誰かが経済とか言ってた…ような」
「近くの女子大だって聞いたぞ」
「可愛いから、どこでもいいじゃん」
「おっ!狙ってんのかよ」
とか、皆んな適当に答えるばかりだった。
「あの…〇〇女子大に通ってるの?」
彼女と少し話をするようになった頃、僕は直接聞いてみた。彼女の手が止まり、茶色の瞳には僕が映った。
しばらく僕を見つめてから小さく頷くと、可愛らしい笑顔を向けてくれた。
「一樹君は、この大学の社会学部…だったよね?
あ…ごめんなさい。他の子のマネして私も一樹君って呼んじゃった」
「あっ…いいよ。一樹で」
「本当?!嬉しいな。
良かったら、私のことも由香って呼んで」
由香はそう言うと、風でサラサラと流れる髪を耳にかけた。チェーンの先にパールがついたピアスが見え、それはユラユラと揺れていた。
こうして僕達はサークルで顔を合わせると、お互いに声をかけるようになった。彼女は笑顔を向けてくれるので、僕の話を楽しんでくれていると思っていた。
だが構内で偶然見かけて声をかけようとすると、彼女の姿は忽然と消えるのだ。いつものゆっくりとした動作からは考えられない素早さだった。
不思議に思った僕が一度角を曲がった由香を追いかけた事があったが、壁に消えたかのようにいなくなっていた。
(避けられているのかな?
仲良くなったと思ったけど、サークル以外では話しかけない方がいいのかな?)
と、僕は思い悩んでいた。
「どう…思う?晴夜」
と、僕は言った。
「悪いが、男女のことは分からない。
ただ…」
「ただ?」
「鬼は、ずっと人の姿はしていられない。
人の姿は多大な力を消費するから。
だから多くの鬼は必要な時だけ、人の姿をし、必要がなくなれば消えてしまう。
消えてしまうと、一樹には姿が見えなくなる。
けれど、私達鬼喰いには、その姿が見える」
そう言った晴夜の表情は険しかった。
僕を見つめる瞳が鋭くなると、僕は背筋が寒くなり思わず目を逸らした。
「由香は、鬼じゃないよ」
僕は銀色の箱を見ながら言った。
全く予想もしていなかった言葉に驚いたのと、気になっている人を鬼のように言われて少し複雑な気持ちになっていた。
「すまない。
姿が消えると聞いて、心配になってな。
こういう仕事をしているから、自然と結びつけてしまうのかもしれない」
と、晴夜は優しい声で言った。その表情からは険しさはなくなっていた。
「いや、いいよ。
聞いたのは、僕の方だし。
心配してくれて、ありがとう。
これさ、旅行のお土産」
僕はそう言うと、お土産の饅頭を手渡した。
それから美味しいご飯をご馳走になり、旅行の話をしていたら時間はどんどん過ぎていった。
空には月が昇り、窓から吹いてくる夜風が心地よかった。
「そろそろ帰るよ、ありがとう」
僕が椅子から立ち上がると、一瞬グラッときた。そんな僕を晴夜は見つめていた。
「一樹、体の調子はどうだ?
少し痩せたようだな」
僕が玄関で靴を履いていると、後ろから晴夜が声をかけてきた。
「そうかな?
たまに…さっきみたいな目眩がする時もあるけど、大丈夫だよ。春休みだったから、バイトを増やした疲れが出たのかもしれない。
明日から…大学が始まるな。憂鬱だよ」
と、僕は言った。
「そうか。明日から、大学か。
あぁ…そうだ。
先程の話の続きが気になるから、彼女に会った日は、必ず家に来いよ。彼女と話をしたのなら、私は聞かねばならない。
一樹は、大切な友達だ。
幸せになってくれたら、それでいい。
暗くなってきたから、帰り道気をつけろ。最近、行方不明者が出てるみたいだからな」
晴夜は心に刻みこむような低い声で言うと、僕の肩をポンっと叩いた。
夜道を独り歩いていると、時折吹く風が冷たく感じた。
(どうして由香の事を、大学の友達ではなく晴夜に相談したのだろう?
彼女の事は、大学の友達の方がよく知っているのに)
そう思いながら地面に生えている草を見ると、それが僕には菖蒲の葉に見えたのだった。
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