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饅頭
「一樹君、久しぶり。
今日はサークルには寄らないの?」
久しぶりの大学の授業が終わり帰ろうとしていた時に、僕は呼び止められた。後ろを振り返ると、そこには由香がニコニコしながら立っていた。
「久しぶり。
今日は、帰るんだ。これからバイトがあるからさ」
「そっかぁ…。
一樹君に…相談したいことがあったんだけどな」
由香は残念そうな顔をしながら言うと、上目遣いで僕を見た。彼女の大きな瞳が僕をとらえて離さなかった。
(可愛い…。
こんな子が鬼だなんて…ありえない。
どうみても、人間だ)
「ごめん。
明日もバイトがあるんだけど…それが終わってからでも良ければ」
「嬉しい!ありがとう!
やっぱり一樹君は優しいね」
と、由香は言った。
明日バイトが終わってから、とあるカフェで由香の相談を聞くことになった。オープンテラスのあるお洒落なカフェだ。カプチーノが有名で、イタリアのような雰囲気を出している。
「ありがとう。
そういえば一樹君と外で会うのは、初めてだよね。
楽しみにしてるね」
由香は上目遣いで言うと、さりげなく僕の右腕に触れた。
フワリといい香りがしたので、僕はまたクラクラしてしまった。
その夜、僕はまた晴夜に会いに行った。
会いに行ったというより足が勝手に動き、気付いたらマンションの前に立っていたという方が正しいのかもしれない。
僕は晴夜の部屋の辺りを下からぼんやりと眺めた。
すると、そこにいる男に「彼女との話を聞いてもらわねばならない」と思いに駆られて足がまた動き出した。
晴夜は一人で酒を飲んでいた。
仕事をした日は珈琲ではなく、酒を飲むらしい。
今日は珍しく、晴夜の方から鬼喰いの話をしてきた。
「今日の鬼は、狡賢くてな。
追い詰めたが、なかなか姿を消さないから大変だったよ」
晴夜はそう言うと、桜吹雪が描かれたガラスの徳利を手に取りトクトクとグラスに注いだ。グラスに酒が注がれると、グラスに描かれた桜も揺れているようだった。
「一樹も、飲むか?」
晴夜がそう言うと、僕は頷いた。
そして、さらにこんなことも言った。
「人の姿をしている時は、よっぽどでない限り殺さない。
私が鬼を殺す時は、人の姿から鬼の姿に戻った時だ。
私が殺すのは、鬼だからだ。
鬼の姿に戻れば、私は羽織を着る。羽織を着れば、私は一樹の目からは見えなくなる。私は鬼を捕らえて別の空間に連れて行き、刀で斬り殺すんだ」
と、晴夜は言った。
ー斬り殺すー
晴夜が言うと、言葉の重みがちがう。
本当に殺しているのだから。
死闘の瞬間を想像してしまうと怖くなり喉が乾いていくのを感じ、注がれた酒を飲んでカラカラになった喉を潤した。
「それで、一樹…彼女と会ったのだろう?
聞かせてくれないか?」
と、晴夜は言った。
「あっ…そうなんだ」
僕はそう言うと、彼女の相談を聞く約束をした事を話した。気になっている子と2人で会うのだから楽しみなはずなのに、この瞬間の僕はそうではなかった。
晴夜の目が怖かったからなのかもしれない。今までにも恋人の話をした事はあったが、その時の晴夜は微笑みを浮かべながら聞いてくれていた。
晴夜は黙って頷いた。
「そうだ、一樹。
軽く食べてから、帰るといい」
と、晴夜は言った。
「ありがとう。
でも、あんまりお腹が空いてないんだよね。今日のバイトは忙しかったはずなのに。なんでだろう…」
僕がそう言うと、晴夜は立ち上がって台所に向かっていった。珈琲と白い皿にはサラダと僕が好きなカツサンドがのっていた。デパートで売られている商品で、学生の僕にはなかなか手が出せない高級品だった。
「あっ、これ!美味いやつだよね!」
僕がそう声を上げると、晴夜は微笑みを浮かべてくれた。
いろいろ話をしながらカツサンドを食べ終えると、僕は終電がなくなる前に帰ることにした。
玄関で靴を履いていると、晴夜が後ろからまた僕の肩をポンっと叩いた。
「一樹、饅頭美味しかったよ。
ありがとう」
と、晴夜は言った。
「そう?良かった。あれ、僕も好きなんだ。
景色が綺麗だったから、また行きたいんだ。秋には綺麗な紅葉が咲くからさ。
また行ったら、買ってくるよ」
と、僕は言った。
「あぁ…ありがとう。
また、行けるといいな。
いや、秋の紅葉を見に行くといい」
と、晴夜は静かな声で言ったのだった。
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