鬼斬り

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鬼斬り

 僕の姿をした式神が先に歩き、僕達は距離をとりながら式神の後ろを歩いた。晴夜は一言も喋らずに、真剣な瞳で辺りに気を配っていた。鬼喰いの刀は羽織で包まれると、不思議なことに刀には見えなかった。  式神が駅に着くと、すでに由香は待っていた。  由香は式神を見ると笑顔を浮かべ、積極的に式神の手を握り歩き始めた。  駅を出ると、近くに流れている川の音のする方に向かって進み出した。  この川は、僕が晴夜を本屋で見つけてから、向かった川だ。あの時鬼の存在を初めて知り、今は鬼に喰われそうになっている…なんとも悲しい気持ちになった。  そんな僕の気持ちのように、冷たい夜風に吹かれた桜がヒラヒラと舞っていた。  見上げた空には舞い散る桜と、煌々と輝く月が見えた。  僕の腕時計の針は23時を過ぎているから、人通りは少ない。それでも由香は、月の光すらも届かない暗い場所を探して歩き続けた。  由香の隣には、僕の姿をした式神が歩いている。  晴夜が気づいてくれなければ、式神ではなく僕が歩いていたのだ。  そうして…僕はパールの力で幸せな夢を見ながら…鬼に喰われるのだろう。  そして街灯もなく、月の光を遮るような大きな桜の木の下で、由香は立ち止まった。  艶めかしい表情を浮かべながら男を見つめると、ゆっくりと体を寄せていった。  式神の腰に自らの細い腕を回し、慣れた手つきで棒立ちになっている式神の手を掴むと、自らの体に触れさせた。   式神が華奢な体を抱き締めると、女もギュッと男の体にしがみついた。  僕は息を呑んだ。  由香の細い両腕が倍以上の太さになり、体はどんどん大きくなっていった。 (鬼だ!)  僕は大声で叫びそうになったが、開かれた口からは何も出てこなかった。  鬼の両腕にはどんどん力がはいり、式神は押し潰されて破裂した。  だが血飛沫は上がらず肉も飛び散らず、色鮮やかな紙片が鬼を嘲笑うかのように桜と共にハラハラと舞い散った。  鬼が憤怒の声を上げると、紙片と桜が舞い散ったあとには1人の男が立っていた。  その者は、黒い羽織を着た男だった。   男は、音を立てることもなく鬼へと近づいていた。 《鬼には、死を》  晴夜は血も凍りそうな声で言うと、鬼喰いの刀を鞘から抜いた。 《オマエカァ…イマイマシイ!》  鬼の顔が怒りでどんどん赤くなっていった。  鬼は晴夜に飛びかかろうとしたが、銀色に輝く晴夜の刀を見ると悲鳴を上げた。  一瞬だった。  背中を向けて鬼は逃げようとしたが、晴夜は風のような速さで鬼を一刀両断した。  鬼の悲鳴は僕を震え上がらせ、目に映るもの全てが血飛沫で紅く染まっていった。僕の目の前に広がる世界は、残酷なまでに切り裂かれピクピク動いている肉塊と血の海となった。  黒い羽織は、鬼の血には染まっていない。  晴夜は恐ろしい瞳をしながら、ピクピクと動き続けている肉塊に、鬼喰いの刀を突き刺した。  銀色の刃は鬼の血を吸っているのか紅くなり、奇妙な音を上げながら赤黒くなっていった。  これが、刀が鬼を喰うということなのだろうか…。刀が、血を吸い、肉と骨を喰らうのだ。  肉塊が萎び果て、何も無くなると、刃は銀色にもどり、血の海も消えていった。  全てが終わったのだろう。  晴夜が、僕を見た。  晴夜の頬だけが、血で染まっている。  そして桜の木の下に立つ鬼を殺した男へと、美しい桜の花が舞い落ちていった。  美しかった。  そして、恐ろしかった。  晴夜は刀を鞘に納めると黒い羽織を脱ぎ、刀を見えないように羽織で包んだ。  頬についた鬼の血を拭うと僕の方に向かって来たが、僕は意識を失い、その場に倒れ込んだのだった。
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