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で、その後、よだかの将来設計はどうよ?
と、次の週末、同じ場所に夜風はいた。よっれよれのショボイTシャツは生地が薄くて、ズボンは丈が短かった。将来設計よりそのズボンが気になると聞いたら、洗濯して縮んだと言った。胡散臭くて、どんくさいってどうなの。締まらない。締まらなすぎる。こんなので、ひとさらいなんて無謀だ。すぐに捕まりそう。
「将来設計は、ぼちぼち。お父さんとは冷戦中」
「あー、壁を破壊するのには時間がかかるからなぁ。あと、半年、気長に行け」
「うん、そうする。……夜風、案外いいひとだね」
「いや、俺がいいひとなら、お前、見る目なさすぎ。さて……、どいつをさらおうかなって物色中だ」
「ふうん、いかがわしい仕事だね」
「せめて胡散臭いと言え」
「自分で言う?」
「俺は矛盾とか、ふざけるとか、ユーモアを愛してるからさ」
夜風はそう言って、公園の前を通りがかった女性に手を振った。ハンサムショートのパンツスーツが似合っている。そのひとは、大きなピアスを風になびかせていた。
「……知り合い?」
「……ひとさらいの候補者だな」
「ふーん。綺麗な大人の女性だったからてっきり……」
「てっきり、なんだよ?」
「てっきり、好きなのかなぁとか思って」
「かー、ガキだなぁ。男と女が揃ったら、好きだ、嫌いだ、なんて甘いつーの。まっとうな人間になりたいなら、恋なんていらねぇよな、必要なのは愛だ、愛」
ちらりと夜風を盗み見る。こんな小っ恥ずかしいことをさらっと言ってのけ、ふざけたように笑って歯を見せた。横にはお父さんが勤めているスーパーの袋がある。夜風もここに行くのか。そこから、缶コーヒー取り出し、プルタブを鳴らし、口をつける。
でも、そう言いながらも、夜風は名残惜しそうにパンツスーツの女性を見つめていた。その顔に似た感情をわたしは、知っている、と思った。お父さんがお母さんの写真を眺める時と同じ、優しくて穏やかで、でも、なんだか切ない、瞳、だ。
「夜風にとって愛って何?」
「どれにしようかな、って、さらってやる候補者を見つめること」
「……有罪確定」
「まだ何もしてねぇ」
「まだってことは、今からするんでしょ。だったら、わたしが見張っててあげる」
「げぇ」
「何その声」
「ガキのお守りとか嫌だー。横に商品があったら、他の商品を物色できないだろー」
変なことばかり言って。
夜風は立ち上がって、ぐうっと背伸びをした。肩幅があって、意外と筋肉がついている。抜けるような青に手を突き上げて、しなやかに動く肩甲骨をみていると、ゆっくり夜風が振り返った。
「オッサンの背中に惚れんなよー? 俺、愛はあるけど、基本は平等だからさ」
「訳わかんない、誰がオッサンなんか」
意地悪そうに笑った髭づらがなんだか可愛く見えて、白いシャツが少しだけ眩しくて、昼間の公園で、人が多いにも関わらず、なんだかちょっと夜風だけの存在がくっきりとしてしまって。
木々のざわめきとか、公園の前を走る車のエンジン音とか、秋風の匂いとか、そういうひっくるめたものすべてが、心地いいな、と思った。
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