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私立受験の申し込み締め切りの日、お父さんと話をした。
お父さんは眉間の皺をくっきりと刻んでいて、わたしの選択に納得していなかったようだけど、それでもいいと思えた。彩斗は心配そうにわたしたちの話し合いを横からこっそり見ていた。話が終わって、わたしはわたしの選択を選べたことを誇りに思った。
そのことを夜風に伝えるべく、次の週末、いつもの場所に行った。夜風はその日も、次の日も来なかった。その次の週末にも行ったけれど会えなくて、その次は雪が降ったけど傘をさして行った。
待ち合わせをしていた訳でもなかったし、連絡先を交換していた訳でもなかったし、なんなら、偽名を使われていたわたしたちの関係は曖昧なものだったのだと、会えなくなることで身を持って知った。今まで友達には学校に行けば会えたし、家に帰れば家族が居た。決まった枠の中での人間関係であれば、約束がなくても会えたけれど、枠のないひとさらいにはどうやって会えばいいのか分からない。
1ヶ月以上、夜風とは会えないまま、会えないということは向こうがここに来ているのを避けている状況であることにやっと気がついた。最後会った日、わたしは彼にさらってほしいとかなんとか言ってなかったっけ。冗談半分、本気半分で、向こうは冗談が占めていたことは分かっていた。オッサン、オッサンと言っていたけど、実年齢も、本名も、本当は何をしているのかも、何も教えてはくれなかった。
教えてくれたのは、なりたい自分を演じて未来を選ぶという、大切なこと、ただひとつ。
会いたい気持ちが風化するまで、公園に通うことに決めたら気が楽になった。
本命の公立高校の受験が近くなり、居る時間は昼過ぎから夕方までと決めた。
「えーっと、きみがよだかちゃん?」
問題集から顔を上げるとハンサムショートのピアスが揺れた。まあるい輪っかは、きらきらしている。
「はい、よだかはわたしです」
「急に話しかけてごめんね。……これ、預かってたから」
小さく折り畳んだメモには美しい文字が綴られていた。
よだかへ
受験シーズンには、人気ランキング1位の女子高生と2位の女子中学生が物色できないので、公園には行きません。受験頑張ってください。受験が終わったら、また会いましょう。
夜風より
「夜風さん、見かけによらず綺麗な文字を書くんだよね」
彼女は微笑んでわたしを見た。
「初めて夜風の文字を見ました」
「あ、そうなの? ほら、春にはまた会えるから、その時にまた話せばいいよ。公立の篠井高校に行くんでしょう? 受験もうすぐだね」
「……え。なんで知ってるんですか?」
「いや、知ってるも何も、ここから私たちを鋭い眼で見てたでしょ。老け顔だから貫禄あるよね。本当は20代なのに。あれってねーーー」
ここから先の話を聞いてわたしは耳を疑った。
持っていた問題集を鞄にぶち込んで、走って家に帰った。それからは一心不乱に勉強した。
合格ラインは優に超えている、と担任は言った。
けれど、できれば首席で合格したかった。理由は色々あるけれどーーー、ともかく、春が待ち遠しかった。
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