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「……夜風ってずるい」
「ずるいっていうか、俺は色んな魅力があんのさ」
「先生なんて……」
「あー?」
「先生なんて、近くて遠いよ。……さらってくれるって言ってたのに」
悔しくて目頭が熱くなった。ここで泣いてしまうとまたガキだと口悪く言われてしまうかもしれない。それだけは嫌だ。下唇を噛んでそれを封じる。
「遠くないだろ。近くていい。今度は、よだかが女子高生を演じろよ?」
「……え?」
握っていた我慢を解いて、顔を上げた。
夜風は出会ったときと同じように意地悪そうに笑って、でも、最後にあったときに見せた戸惑いも浮かべていた。
「俺、完璧なひとさらいだっただろ?」
「うん。ヘンテコなのに……、完璧だった。なんだかさらわれちゃってもいいのかなって思った」
「おお。有罪がすぎるな」
「うん、すぎるね」
「主演男優賞もらえる?」
「……その発言は一周回ってダサかっこいい」
「いや、それ褒めてんの?」
夜風は困ったように頭に手をやって、椅子に座ったわたしを見た。
窓の外では桜の花びらがひらりひらりと舞い踊っていて、秋と冬が過ぎたことを知らせている。はかなくゆれるうすもも色が準備室の中まで彩っているようで。
ほんの少し空いた窓から、春の芽吹く匂いと柔らかい風。
「夜風先生、ダサかっこいいって、最上級の褒め言葉です」
「あっそう。ってか、敬語使えるんだな」
「はい、使えます。だから、ね」
「あー」
「だから、またいつか、ひとさらいになってください」
「あー。3年間、自由に女子高生を演じとけ。そしたら、まっとうに、さらってやるよ」
End.
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