戦乱の聖王 悲願の天獣7

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「戦乱の聖王 悲願の天獣」 第7巻「宿命の敵」 御仏の前で、全ての者は平等。  それをシンラールダと言う、自分の先祖は説いた。ジョードガンサンギャと呼ばれる、我が教団を、宗教団体を作り上げた男である。  偉大な教祖だったと聞いている。  父は、その教えを固く守っている。  御仏の前で全ての人は平等なのだ。  だから、我々も特別な存在では無いのだ。  そう、幼い頃から言われていた。  だが、信者の多くは、父であるアミタバアキをとても敬っていたし、敬われて父も気持ちが良いらしく、その特別扱いを受け入れていた。  その子アミタユオシは思う。  御仏の前に全ての人は、平等ではない。  俺は特別な、選ばれた人間なのだ。  何しろ、あのシンラールダの子孫だ。  シンラールダの、その志を継ぐべく人間なのだ。  御仏の前に全ての人は平等。  どうしてもどうしても、その教えが、いかに大切な教えであると説かれても、それを受け入れられない。  父の跡継ぎとして、俺は問題があるのか?  いや、ある訳が無い。  使命を持たぬ者が、世を救う事など出来ぬ筈。  だが、この俺の胸の思いは、誰にも告げずにいよう。自分は特別な人間なのだと、心の中で思っておけばいいのだ。  アミタユオシはそう思う。  そして、不思議な事に……いや、不思議では無いのかも知れぬが、自身を特別な存在だと思うアミタユオシは、父や教祖に比べても、本当に本当に信者達を、心から大切にする男だった。  ふと、思う。  ショーコーハバリ。  ジョードガンサンギャが、その武力により手に入れた大切な国、カムワを奪った男。  いつまでたっても倒せぬ、あの強敵。  あの男は恐ろしい存在だ。仏敵と言うやつだ。  僧侶の姿をしている魔物だ。  絶対に倒さなければならない。  父と共に、あの男を血祭りにあげなければ。  アミタユオシは常々、そう思っていた。  実は、アミタユオシには兄がいた。  本当ならば、父の跡を継ぐべく男がいた。  その男は本当に優しい、良い人だった。  だが、信仰心の厚くない信者にも、そして、信者では無い者にも、変わらず優しく接する男だった。  それがアミタユオシには不満に思えた。  何故なのか、そう聞いた時、兄は 「御仏の前で全ての者は平等なのだろう?ならば信者以外の人々も、全て、平等な筈だ」  と言ったのだ。  兄は素晴らしい人なのかも知れない。  だが、そんな考えは、教団を根底から否定してしまう。教団を破滅に導くに違いない。  そう思い、アミタユオシは父と共に、兄を教団から追放したのだ。  兄を追放した事に、心が痛んだ。  痛んだが、自分は間違ってはいないと思った。  そして、「自分は選ばれた特別な人間なのだ」と言う、その考えを改めて強く持った。  兄のような考え方をしてしまっては、我が教団ジョードガンサンギャは滅びてしまう。  どうすればいい。どう戦えばいい。  どうすれば、自分はシンラールダの子孫として、この世界を救えるのか。  分からない。  だが、世界を救う事は難しくとも、よりどころとなる「国」を持ち、その国を守らねばならぬ。  ジョードガンサンギャの国だ。  サカイのオウサイを中心とした、国。  その国を守ること。  そして、信者を増やす事。仏敵を倒す事。  それだけは、必ずせねばならぬ事だ。  父は立派な人で、まだまだ健在だが、いずれは俺がこの教団を守らねばならぬ。  信者達を大切にし、人と国とを守らねばならぬ。  その決意を胸に、彼は、広い広い草原に目を向ける。  嵐の前の静けさ。  その言葉が相応しい程に、草原は静かに静かに風がなびいていた。  シャンルメはエチクインの、ヤシャケイの食事会に呼ばれた。  そう、イチキタユがヤシャケイに、今度の食事会はシャンルメを呼ぶようにと言ったのだ。  ヤシャケイは一瞬、シャンルメとは誰だ、と思ったのが、良く聞くとカズサヌテラスの事だった。  カズサヌテラスとイチキタユが知り合いな事に、ヤシャケイは驚いた。驚いたが、イチキタユは各国の大名と知り合いなのだから、そんなに驚くような事でも無いか、と考え直した。 「ヤシャケイ殿!お久しぶりです!」  変わらぬ美しさで、以前よりもはつらつとした顔で、カズサヌテラスは2人の妻と、娘のチュウチャを連れてエチクインの城へとやって来た。当然、ヤシャケイの娘とミカライも連れていた。  ミカライは会釈をし挨拶を交わした後は、黙々と食べている。太っているだけあって、良く食べる男なのだろうと思った。だが、時々妻と……ヤシャケイの娘と言葉を交わしていた。  この食事会、娘を呼ぶ事は良くあったが、その夫を連れている事は、実は初めての事だった。  けっして美男では無いが、偉丈夫な夫が、娘とお似合いに見えて、ヤシャケイは安堵した。  実はチュウチャは、シャンルメを「母上とは呼ばない事」と、シオジョウに何度も念を押され、うん、と答えていた。  だから、ヤシャケイにはチュウチャは、愛らしいがおとなしい子であるように見えた。幼いのに、食事の作法もきちんとしている。聞き分けのいい、良き娘であるように見えた。  何より、妻2人の仲睦まじい様子に、ヤシャケイは驚いた。2人の妻がとても仲良く、談笑しながら食事をしている。娘と手をつないだり、抱きかかえたりして、世話をしながら微笑んでいるのが、妻ではなく、カズサヌテラスである事にも驚いた。  この世界、女性の城主も多い。  ヤシャケイも、跡継ぎには3人目の娘を考えていた。嫡男が亡くなったので仕方が無い。3人目の娘には、それなりの英才教育を受けさせている。  しかし、カズサヌテラスはまだまだ若い。これから嫡男が生まれる可能性も大いにあるだろう。  娘をここまで可愛がるカズサヌテラスは、嫡男が生まれたらどうするのだろう、と思った。  自分も目に入れても痛くない可愛がりようだと、嫡男が生きていた頃に言われたものだが、カズサヌテラスには負けると思った。  しかし、もっと驚いたのは、イチキタユがカズサヌテラスを見かけた途端、 「シャンルメ!!」  と言って、大勢の人の前で、抱きついた事だ。  2人の妻も、その光景を気にする様子も無い。  知り合いな事にも驚いたが、なんと、この2人はいい仲だったのか。  女性のような美貌にばかりに気を取られていたが、実はカズサヌテラスはなかなか、女性にモテるようだ。しかも、自身を好きな女性達がとても仲が良く、争う様子が無い。  なかなか凄い若者だ。俺も見習わなければ。  そんな風にヤシャケイは思った。  カズサヌテラスの事を、サカイの商人達に「あの美しい男装の麗人は誰だ」と聞かれた。  美貌な上に娘を抱いていたら、男装の麗人と思われるのは、当然な事だと思った。  振る舞った食事を 「本当にこんなに物珍しい、美味しい物を食べたのは、生まれて初めてです」  と言って深く頭を下げて、カズサヌテラスは微笑みを浮かべて喜んでいた。  小さな娘も 「美味しかった!」  と言って、ヤシャケイにぺこりと頭を下げた。  何と言う、愛らしい親子だろう。 「また、食事会をする時は、是非そなた達を呼ぶぞ」  そう言って、ヤシャケイはシャンルメ達と別れた。  エチクインの、ヤシャケイの元で食べた食事は本当に本当に美味しかった。美味しかったし、見た事も無い、とても物珍しい物が多かった。  ショークにも食べさせたかったな、とシャンルメは思った。  しかし、ヤシャケイ殿はショークを好まないし……何より、ショークはあまり美食を好きでは無い。  好きでは無いと言うより、多分、自分を戒めているんだと思う。  贅沢をしてはならん。みたいな考えが彼にはある。  だから、忙しくて、料理をする時間があまり持てないけれど……彼がそれを望まないのだから、まあ、良いのかな。などと考えていたりする。  わたしは彼の妻だ。  でも、普通の妻とは少し違うのだから。  料理よりも、例えば政治だと。  そんな風に、シャンルメは自分に言い聞かせていた。  ヤシャケイの城から帰る前に、少しだけイチキタユとチュウチャと、エチクインの町を巡った。  シオジョウもトヨウキツも誘ったのだが、それぞれ忙しいようだった。  2人にそんなに忙しい思いをさせているのなら、わたしも国に帰って、早く職務をしなければ。  そう言ったシャンルメに、いやいや、娘と友人と、たまには観光をして欲しい。わたし達はわたし達で、息抜きをしているから大丈夫だ。と2人に言われて、その言葉に甘える事にした。  ミカライとその妻も、2人で少しエチクインを観光をする様子だった。むろん、邪魔をしてはいけないと思い、互いに少し挨拶を交わして、すぐに別れた。  チュウチャはイチキタユを 「イチキタユさん」  と呼べるようになっていた。  チュウチャも、もう7つだ。じき8つのなる。 「母上、母上」  と言って繋いだ手をぶんぶんと振り回したり、シャンルメの周りを飛び跳ねたりして、チュウチャはエチクインの町を探索した。  玩具をいくつかねだられた。 「本当に欲しい物はどれ?」  とシャンルメは聞いた。 「本当に本当に欲しい物を買うんだよ。そして、それを大切にするんだ」  そう言って、買い物を絞らせた。  チュウチャが選んだのは蹴鞠に使う鞠と、人形だった。実はチュウチャは蹴鞠がとても得意だ。1人でずっと蹴っている事も出来るし、壁などにぶつけて練習する事もある。  そして、シャンルメが相手になる時もある。  実は風の力を使って、蹴鞠を飛ばすと、チュウチャはとても喜ぶのだ。  そんなチュウチャだから、蹴鞠を選んだのだった。  店の者が試し蹴りをさせてくれたので、こんなに蹴りやすい鞠は、他に知らないかも知れない。と言い、それを選んだのだ。  シャンルメは、その鞠がすぐに駄目になってしまった時の事を考えて、同じ鞠を2つ購入した。  チュウチャはそれをとても喜んだが、実は人形も欲しいのだと、恐る恐る言って来た。 「どれ?うん、可愛い。チュウチャに似ているね」  そう言われて、チュウチャは嬉しそうに笑い 「じゃあ、特別に2つだけだよ」  と言われて、さらに嬉しそうに笑った。  特別に2つって言って、3つ買ってるじゃないか。とイチキタユは思ったが、それでも金持ちにしちゃ、ちゃんと玩具を選ばせていて、何でもかんでも買い与えないシャンルメに、何となく関心した。  それで、その思いを伝えた。 「あんたは子供に何でも買うような親じゃ無いんだね」  そう言われたシャンルメは 「実はチュウチャには、3人のお母さんがいて」  と言った。チュウチャは 「うん」  と微笑んで 「トヨウキツの母上は、何でも買ってくれる」  と言った。 「そんなお母さんが他にいたら、あんたが何でも買ってあげるのはまずいかもね。もう1人のお母さんは?」  そう聞いたイチキタユに 「シオジョウの母上は、勉強道具しか買ってくれない」  とチュウチャは言った。 「唯一嬉しかったのはそろばんかな。あれは計算が速く出来るから。計算って楽しいんだなって分かった」  そう言ったチュウチャに 「琴も買ってくれたでしょう?」 とシャンルメは笑って言った。 「うん、音楽の勉強だって言って。あれも嬉しかったな。じゃあ、2つ嬉しいのがあったね」  そう言ってチュウチャは微笑み、シャンルメの周りをくるくると、まるで踊るように飛び跳ねていた。  エチクインの町を観光した後で、また、個室の部屋のある店に行った。食事処では無く、甘味だ。さすがにヤシャケイの料理の後に、普通の食事は入らない。甘味は不思議と、良く食べた後でも入る。  もちろん甘味は大好きだし、チュウチャもシャンルメに似たのか、甘い物には目がない。しかし、美味しいのだけれど、胸に引っかかる気持ちがある。  甘味を食べてくつろぎながら、 「なんだか、美味しい物ばかり食べてる。これでいいのかなあ、と思ってしまう」  思わずシャンルメは、そう口にした。  そう口にしたシャンルメに 「何が悪いって言うんだい。うまい物を食べるのが」  とイチキタユは言った。 「うん……その……ショークは美食を好まない人だから、何だか自分ばかりが贅沢しているみたいで……」  そう言ったシャンルメに対し 「ああ、あのじじいは、貧しい食事をする男だからね」  とイチキタユは言った。 「じじい!?」  チュウチャは顔をあげて 「父上を?酷い!!」  と言った。それに対して 「確かに酷いよね。でも、父上はね、イチキタユさんにはそう言われるのを、許してるんだよ」  そう、シャンルメは言う。 「ふうん」  と言って、チュウチャは再び、甘味を食べ出した。  けれど、やっぱり納得できないみたいで 「でも、言わないで!チュウチャの前では!」  とイチキタユに向かって言った。  イチキタユは驚いて 「驚いた。あいつもなかなか、いい父親みたいだね。子供に好かれてるじゃないか」  と言って笑った。 「うん。チュウチャは父上が大好きだもんね」  と言って、シャンルメも笑う。 「でも……それにしても、自分を戒めすぎてると思うんだ。あんなに貧しい食事をしなくてもいいのにと、正直凄く思う。特に戦場で」 「そうなのかい。戦場での食事は知らないけどさ、マーセリさんもあの男には、何とかうまい物を食わせたくてさ。どんなに食事に誘っても、食ってくれないもんだから、自分が作ればさすがに食うんじゃ無いかと、頑張って料理を作ったんだよ」 「そうなんだ。さすがはマーセリさん」 「でも、人には得手不得手ってもんがあってさ。あんなに商人としての才能豊かなマーセリさんが、料理だけはどうにも、うまい飯が作れなかったんだって」 「そ……そうなんだ……」 「そっ。それで嫌になっちまって、諦めたって言ってたな。あの男にうまい飯を食わせるのを」 「実は何度か、わたしの手料理は食べてくれてる」 「そうかい。あんたは料理が作れるのかい」 「うん。作れるんだけど……でも、あまり美食を好まないから。ショークは。忙しくてなかなか料理が覚えられないんだけど……それでいいのかなあ、なんて思って、自分を慰めてるよ」 「母上の料理、色々あるよ?わたしは大好きだよ?」  そう言ったチュウチャにシャンルメは 「ありがとう」  と言って微笑んだ。  その様子を見ていたイチキタユは 「なるほどねえ。ま、あたしはマーセリさんと同じ。料理なんてからきしだよ。料理は得意なやつが作った方が絶対にうまいからね。あたしの手料理が食いたいなんて言う男とは、付き合わないね」  そう言って笑った。  エチクインの町で、イチキタユはシャンルメをしかと抱きしめ、チュウチャの事も抱きしめた。  イチキタユは一座の者達が、エチクインに迎えに来ていた。イチキタユと別れ、シャンルメとチュウチャの2人はイナオーバリを目指して歩いた。  町の外れに馬に乗る輿が、来ている筈だ。  チュウチャはまだ、あまり馬には乗れない。そろそろ子馬に乗る練習を、少しずつしだしている。この子もあの数年で戦場に立つのだ。そう思うと感慨深く、子供の成長は、本当に早いと思う。  まだまだ子供でいて欲しい。  戦場になど、立たせたく無い。  そう思うのは親の身勝手なのかな、と思った。 「じじいって呼ぶのは嫌だけど……いい人だよね」  チュウチャはそんな風に言って、シャンルメの手を握り、微笑みながらシャンルメと共に、輿を目指して歩き、城へと戻って行った。  少し前の話になる。  今回のエチクインの旅では無く、前回の旅。  シャンルメがコウリョを誘った、あの旅の後。  コウリョやタカリュウがエチクインから帰って来てからしばらくたった頃、コウリョは今度は花見に連れて行かれた。  タカリュウに、花を見ながら酒を飲んで飯をつまみ、皆で楽しもうと言われたのだ。  皆とは誰の事だろう。  また、シャンルメに会えたら嬉しい。  そんな風に思い、彼と共に、城の片隅にひっそりと美しく、花の咲く場所に連れて行かれた。  すると、なんと、そこに3人の妻がいた。 「お前達、もう分かっているだろうけれど、俺の4人目の妻の、コウリョだぞ」  とタカリュウは言った。  コウリョは、どきまぎしながら頭を下げた。  初めてタカリュウに会った時よりも、3人の妻と改めて会うその日の方が、緊張していた。 「わあ。前から思っていたけれど、お綺麗な人だねえ。本物のお姫様だものねえ」  と、愛らしい妻ヨシムはにこやかに言った。 「貴方、悪い人じゃないんだとは思うけど……でも、敵地から嫁いで来たんだろ?タカリュウ殿に何かったら、わたし達他の妻が容赦しないよ」  などと、目をつり上げて言ってから 「でも、はなから戦う気なんて無いよ。この人ともわたし達とも仲良くして欲しい」  と言って、一番気の強そうな妻タツサが、手を差し伸べてきた。  差し伸べられた手を、コウリョは握った。コウリョの手のひらには汗が滲んでいた。 「仲良くしてくださいね。よろしくお願いします」  一番おっとりした妻イッシスが、そっと口を開く。 「よーし、お前達、それぞれ手料理は持ってきたな」 「うん。お姫様のお口に合うかは分からないけど」  ヨシムにそう言われ、タカリュウは笑い 「皆で花を見ながら、酒を飲んで食うぞ。コウリョ、お前、酒は飲めるか?」  と聞いてきた。 「はい……少しなら……」  そう答えたコウリョに 「少しか。酒は少しなら薬になるが、多く飲むと毒になると言われている。たしなむ程度が一番いいな」  とタカリュウはうなずく。  3人の妻は待ちきれないとばかり、酒を取りだし、食べ物も並べだした。 「お花綺麗ですねえ」  そう言いながらニコニコと、一番おっとりしたイッシスは、酒も飲まずに静かに食べている。 「ああ、美味しい。最高。お花は綺麗だし」  と言いながらヨシムは酒を飲み、料理を次から次へと口に入れていた。 「あんた、食べ方が下手だねえ。あんたの元の身分は低いかも知れないけど、今は大大名のタカリュウ殿の妻なんだよ。恥をかかせないように、しなきゃならないんだからね。わたしが食べ方を教えてやるよ」  そう言ったタツサに 「わたしは教わるんなら、お姫様のコウリョさんがいいなあ」  と、ヨシムは言い出した。  コウリョは驚き 「わ、わたしでいいのなら……」  と言った。  そして、箸の持ち方から何から、基本的な事を少しずつ教えてやった。  4人の妻の触れあいを見ながら、時折タカリュウは口を挟み、上機嫌に酒を飲む。  酒を飲みながら笑い、皆でわいわいと、時を忘れて楽しんだ。 こんなに楽しい花見は初めてだと、コウリョは思っていた。  庭から城の中に戻ってからも、コウリョは3人の妻と語り合った。実はタカリュウを中心に会う事も勿論あるが、妻だけで遊ぶ事もあるのだと言う。  その、妻だけで遊ぶ時も、誘っていいかと言われ、もちろん、とコウリョは答えた。  3人と色々と語らった後に、タカリュウの元に戻り 「驚きました……」  とコウリョは言った。 「あんなに奥さん達が、皆とてもいい人達で、仲良しだなんて……」  そう言ったコウリョに 「ああ。俺は父上の子だからな」  とタカリュウは言う。 「父上は自身の妻達が、とても仲が良かった。俺もそのような妻達を持ちたかった。仲良く出来ないような妻はいらんと思っていた。だから……お前もあの3人と仲良く出来そうで、俺は嬉しい」  そう言ってタカリュウは微笑み 「これからも、俺ともあいつらとも仲良くしてくれ」  と言った。  新しい世界が始まろうとしている。  それを、コウリョは感じていた。  それからも、何度も何度もコウリョは、タカリュウやその妻達と交流を重ね、もちろんシャンルメとも、幾度も顔を合わせていったのである。  ショークは戦をする際に、ほとんど誰にも口を挟ませない。どのような事も、自分で決め、動く。  自身の精鋭達は、自身の分身だと思っていた。  その思いが通じているのか、彼らにも自分に対して、意見をする者など、いなかったのだ。  そこに意を決したように、意見をして来た者がいた。 「いつまでも、難攻不落の城を守らせているだけではご子息は成長しない。それに、難攻不落とは言えども、城は戦に不慣れなご子息では無く、精鋭達に守らせるべきです。ご子息はカムワとの戦で、一度戦場をご覧になっているようだが……ナヤーマ城を守らせる以外に、指揮官のようなお立場を、一度体験させるべきでは無いかと思われます。例えば……その……」  そこまで言い、男は冷や汗のような物を拭った。  その意を決した発言したような意見に、ショークも周囲の者達も驚いた。 「生意気な。手打ちにする。そのように言われる事も覚悟の上です」  とその男は言った。  それ程、ショークは戦に対して、部下達に意見を言わせるような男では無かった。  だが、その発言に 「何を言うか」  とショークは笑った。 「確かにお前の言う通りかも知れぬ。次の戦の時にはタカリュウは国境付近を守らせよう。その国境に敵が攻め入られる事は無かろうが、敵が攻め入る事が無いところを守っているのは、ナヤーマ城も変わらぬ」  その発言に男は、はあ、と深いため息をつき 「ありがたきご決断にございます」  と深く頭を下げた。  その男は自室に帰り、周りに誰もいない事を確認した後で、鏡を取り出した。  鏡を見入ると、その鏡に、人の姿が映る。  老獪と言う言葉の似合う、しかしどこか優しげな老人、オオクナリであった。  オオクナリは言葉を発する。  鏡から声は聞こえない。  互いに、読唇術と言う方法で語り合っていた。 「コウリョから、随分と報告が減った」  そうオオクナリは言った。 「人には心がある。まして女は情に弱い。コウリョは心優しき娘でもある」 「はい。コウリョ様がタカリュウと2人仲良く、他の妻なども交えて楽しげに過ごしている様子、わたしも確認しております」 「そうだ。本来ならば喜ぶべき事だ。娘が嫁ぎ先で幸せそうにしている事はな。だが……この乱世、そうもいかん」 「さようでございますな……」 「このままではモトーリ家はギンミノウと戦えぬ。最初はうまくコウリョが、ショーコーハバリを誅殺してくれる事を望み、嫁がせたのだが……」  そう言ってからオオクナリは 「あの娘の手に負えるような男では無かったようだ。報告がまだ良くあった頃、とにかく恐ろしくて仕方が無い様子だった。ショーコーハバリに怯えているうちに、タカリュウにほだされてしまったな」 「しかし、大丈夫です。ショーコーハバリはわたしの発言に、つゆほども疑いを抱かず、国境付近に子息をやると約束してくれました。狙い通りです。国境付近、そう奴から言い出してくれた時には、胸をなで下ろしたものです」 「ああ。そうだな。何とか国境付近で子息を忙殺する。タカリュウと言うあの男さえ殺せば、コウリョも国に帰って来る。同盟が終わる。娘には可哀想ではあるが、いたしかたない」  そう言いながらオオクナリは、少し寂しげな笑みを浮かべていた。  やがて男がオオクナリに頭を深くさげ、お互いに鏡を倒して、オオクナリは男との交信を止めた。  読唇術を娘には覚えさせなかった。  それは娘が嫁ぎ先で、ほだされる可能性もあると、元より思っていたからだ。  自分との通信を、ちょくちょくしなければならなかったら、娘はとても苦しんだに違いない。  そんな苦しみを味わせるつもりは無かった。  哀れな娘だ。  この自分の子に生まれたのが、不幸の始まりだ。  だが、そうは思ってもオオクナリは、この謀略を押し進める事を決意していた。  都からの文が届き、その文を手に、ショークはシャンルメをナヤーマ城へと呼んだ。  どうしたのかと聞くと 「マーセリが病にかかった」 とショークは言った。  その言葉を聞き、シャンルメは 「すぐにでも都に行って欲しい。長く滞在してくれて構わない。わたしがナヤーマ城を守る」  と言った。 「いや、ナヤーマ城は俺がいなくとも守れる城だ。そなたが守りに来ずともいい。そしてだな……マーセリは、そなたにも会いたがっている」 「わたしに?」 「ああ、そうだ。だがな……」  そう言いながら、ショークは頭を抱えるような仕草をして 「俺のせいでそなたは、都で2度も怖い思いをしている。自分にとって、都は鬼門なのかと思っているそうだな。そんなそなたを、都に連れて行くのは……」  と言った。  そう言い出したショークに 「何を言うんだ!」  とシャンルメは強く言った。 「マーセリさんがご病気だ。わたしに会いたがっている。それなのに、都が怖いからなどと、行かないような、わたしじゃない!」 「ああ……それは分かるが……また、そなたの身に何かあったら……」 「貴方が隣にいる。そして、お屋敷に向かうだけだ。3人で会ったら、貴方はそのまましばらく滞在し、わたしはすぐにでも、イナオーバリに戻る」 「戻る時も道すがら、誰かに守ってもらえ。そうだ、ジュウギョクにしろ。あの男なら信頼出来る」 「うん。そうする。必ず守ってもらう。だから大丈夫だよ、ショーク。一緒に都に行こう」  ショークはさすがに、その事をコウリョには伝えるなとタカリュウに言った。  コウリョは敵地から嫁いだ女。  それを忘れるなと言った。  だが、タカリュウは3人の妻には、父の1人目の妻が病気で、共も連れずにシャンルメと2人、見舞いに行くのだと言う話を、してしまっていた。  3人の妻から、コウリョはその話を聞いたのだ。  あのショーコーハバリが、シャンルメ以外ほとんど共も連れずに都に行くと言う情報を聞き、コウリョはわたしは何をやっているのか、と思った。  今までの自分なら、必ず父に報告している。  報告したら、父は暗殺と言ったやり方で、ショーコーハバリを殺すだろう。それこそ、誰に殺されたかも分からぬように殺すに違いない。  ショーコーハバリが殺されるのは構わない。  一緒にいる、シャンルメも殺される。  そう思うとコウリョは、とても父には報告出来なかった。父に対して、申し訳ない思いはある。  だが、シャンルメとタカリュウは、自分にとって、裏切る事の出来ない相手に、なりつつあったのだ。 馬を走らせてから歩き、ただの旅の僧侶マシロカと、その連れの娘として、ショークとシャンルメは都の土を踏んだ。そして、何よりもマーセリの待つ、屋敷へと向かった。また、慣れぬ者には到底開けられぬやり方で扉を開き、その大屋敷へと入っていった。  屋敷の、マーセリの部屋へと向かうと、マーセリは眠っていた。  やつれているのが、シャンルメにも分かった。  やつれ……そして、とても青い顔をしている。  そっとマーセリの手を握ると、マーセリは目を覚ました。  しばらくぼんやりとしてから 「旦那様……」  と言った。 「どうして起こしてくださらないの。旦那様が側にいるのに、眠っているだなんて……」 「具合が優れぬと聞いた。無理に起こすのも憚られた」 「それでも、貴方に会えない方がつらいのですよ」  そう言いながらマーセリは 「わたしの手を握り、起こしてくれてありがとう」  と、今度はシャンルメを見つめた。  しばし、ぼんやりと宙を見てから 「わたしは長くないと思う……」  と言った。 「わたしにもしもの事があったら、旦那様をよろしくね。貴方は年若いけれど、とてもしっかりしている」  そう言われてシャンルメは泣きながら 「マーセリさん……」  とその名を呼んだ。  そんな事言わないで欲しいとも、任せてくれとも言えなかった。どうしたら良いのか、分からなかった。 「わたしなどに、優しくしてくれてありがとう……」  ようやくそう、小さく言い 「でも、わたし達は……わたしとショークは……貴方に生きて欲しいと、心から願っているのです。貴方の病が良くなるためになら、何だってします」  そう続けたシャンルメにマーセリは笑い 「何でもするなんて、滅多に言う事じゃ無いわ」  と言った。  しばし3人で語らい、ショークが自身の手で作ってきた薬を飲ませ、苦い薬の口直しに、買ってきた好物の甘味を1口2口と食べさせ……時が少しずつ過ぎて行った。シャンルメは 「わたしがいてはお邪魔ではありませんか?2人の、大切な時間を持ちたいのでは……」  と言って、マーセリの手を再び握った。 「ありがとう。お嬢さん。でも、わたしは貴方の事も凄く好きなのですよ。邪魔などとは思いません。でも……」  と言い 「お言葉に甘えようかしら。旦那様と2人になりたい」  そう続けたマーセリに 「はい」  と答え、シャンルメは深く頭を下げて、屋敷を後にした。  シャンルメが屋敷を後にしてから、マーセリはまたぼんやりと宙を見て 「貴方が一番愛しているのは……あのお嬢さんなのでしょう?」  と、かつても聞いた事を、聞いてきた。 「今度は正直に答えてくださいね」  そう言われ、ショークは返答に困った。 「わたしに近づいたのは、お金目当てでしょう。まあ、お金目当てだったにも関わらず、貴方はわたしを好きになった。その、好きになった気持ちに、偽りは無いでしょうけれど……」  そう言ってから、ふう、と息をして 「初めてなんじゃないかしら。初めて本当にちゃんと、好きになった人なんじゃないの?」  とマーセリは続けた。 その言葉にショークは覚悟を決めたように 「ああ。初めて、恋と言うものをした」  と答えた。  その答えにマーセリは微笑み 「やっぱり」  と言った。 「悔しい気持ちなんて、もう無い。嬉しい気持ちしか無いから。貴方がやっと、人になったわ。ちゃんとした人になった。わたしには出来なかった事。とても深い優しさを持ちながらも、凄く凶暴で恐ろしい人なんだと分かっていた。貴方を恐ろしい魔物から、人にしたのが、あのお嬢さんなんだわ」  そう言ったマーセリにショークは一瞬、すまぬと言いかけた。  だが、謝るような事では無い。  むしろ、それはマーセリを傷つけるかも知れぬ。  そう思い、ショークは黙っていた。  シャンルメは先に、ジュウギョクと共にナヤーマ城に着いた。  オオミにもタカリュウにも、そしてコウリョにも挨拶しようと思っていたのだ。  ナヤーマ城、ギンミノウの方が、都には近い。  まずオオミに挨拶をし、イツメと少し遊んだ。今度はチュウチャも連れて来ると、イツメに約束した。  その後に、タカリュウとコウリョに会いに行った。  コウリョに 「実は貴方とショーコーハバリ様が、2人で都に行くのだと知った。けれど、それを父には言えなかった。父に言ったら、きっと、貴方が殺されると思った」  と言われた。  コウリョはそれを言いながら、泣いていた。  シャンルメの隣にいたジュウギョクも、驚いて目を見開いていた。 「お前には、言わないように気をつけていたが……」  と言い出したタカリュウに 「でも、他の奥さん達に言っていたでしょう。3人とはわたしは、仲がいいのですから。貴方は甘すぎます。わたしが父に言っていたら、どうするのですか」  と言い、コウリョは泣いていた。 「コウリョさん……」  シャンルメは涙ぐみながら、コウリョを強く抱きしめて 「お父上のお役に立とうと言う気持ちよりも、わたしやタカリュウ殿を思う気持ちの方が、勝ってくれたのですね。本当に、本当にありがとう」  と言った。  泣くコウリョを抱きしめ、幾度も幾度も礼を言い、コウリョとの絆を改めて確認し、シャンルメはジュウギョクと共に、イナオーバリへと帰還した。  シャンルメがイナオーバリに帰ってからも、コウリョとタカリュウは言い合いをしていた。  本当に、わたしが父に報告していたら、どうするつもりだったんだ、と泣いて言われたのだ。  そう怒って、泣くコウリョにタカリュウは 「すまない……」  と小さく言った。そして 「それでも、今回の事で改めて分かった。お前は信頼に値する女なんだと。俺の大切な妻なのだと」  と言い、コウリョを抱きしめた。そして 「子を作らないか、コウリョ」  とタカリュウは言い出した。  実はタカリュウのおっとりとした妻イッシスには、お腹に子供がいた。だから、先日の花見でも酒を口にしなかったのだ。もう2人も、どちらが先に子供が出来るか競争だなどと言っていた。 「な……何を言うのです……」  そう言ったコウリョに 「お前はもしかして、避妊の薬を飲んでないか?」  とタカリュウは聞いた。  その問いに、しばし戸惑ってから 「はい……」  とコウリョは答えた。 「やはりな。シャンルメ殿も飲んでいるから、もしかしてお前も……と思ったんだ。嫁ぎ先で子が出来ぬように、そのように父親から命じられているのだろう。いずれは敵対する可能性がある。子が出来ると、何かとややこしい事になる事があるからな」 「それが分かっているなら、何故、子を作ろうなどと言うのです」  そう聞いたコウリョに 「お前は、子供を産みたくは無いのか?平穏で幸せな家庭を作りたくは無いのか?」  とタカリュウは聞いた。  そう聞かれ、コウリョは目を見開き 「そりゃあ……女ならば、誰もが望むかも知れませんが……でも……わたしは……」  と戸惑いながら答えた。 「うん。そうだよな。女ならば……いや、人ならば誰でも望む事だ。その、当たり前の望みを叶えようじゃないか。俺達は愛し合っている」 「愛し合って……」 「いないのか?愛しているのは俺だけか?」  そう聞いてきたタカリュウに 「いえ……」  とコウリョは答え 「これがきっと、男性を愛すると言う事なのだと思います」  と、小さくうつむいて続けた。  その唇をタカリュウが奪う。  良いのだろうか。小さなささやかな幸せを、わたしも望んでもいいのだろうか。  コウリョは口づけをかわしながら、そんな風に思っていた。  ジュウギョクを隣に、キョス城に帰還したシャンルメは無事に着いた事を、ショークに声を飛ばし伝えた。しばらく都にいて欲しいと、再び言っておいた。  そういえば、都は鬼門などでは無かった。  今回の旅は、何も無かった。  都にせっかく行ったのに、イチキタユにも会えずに土産も何も買えなかった。  それでも、マーセリ以外には目もくれずに、都を訪れ、後にした事は、やはり間違っていない。  そう、シャンルメは改めて思っていた。  ショークはそのまま半月ほど、都にいた。  半月ほど都にいたのだが、それでもマーセリの具合は、良くならなかった。  やがてショークは、側にいたいと言った。  お前の側にいたい。お前を側に置きたい。  いつでも側でお前の無事を守り、調合した薬をこの手で飲ませたい。だから……俺がいなければならぬ、ギンミノウにいてはくれぬか。病が治るまでの間、都からギンミノウの城に、住処を移してくれぬか。  そう言われたマーセリは静かに 「そうね……」  と言った。 「どうせ都にいても、旦那様のために資金を集める、お仕事が出来ないのだもの……」  そう力無くマーセリは言い、輿に乗せられ、時間をかけて、ギンミノウへとやって来た。  マーセリに会うために、シャンルメは今まで以上に、ナヤーマ城に顔を出すようになった。  彼女の側にいて、話を聞き、彼女の手を握り、早く良くなって欲しいと、そう繰り返し言った。 「貴方がなんで旦那様に愛されたのか、それがわたしにも良く分かるわ」  そう力無くマーセリは言った。  マーセリが一番の女性なのだと、それを言うとマーセリは怒ってしまう。傷ついてしまう。  だから、言う事は出来ないけれども……  この人がショークの一番の女性なのだと、触れ合いながらシャンルメはいつも、それを胸に刻んでいた。  この女性を守らなければ。その思いをいつも、胸に刻んでいた。 ハルスサが新たな妻を迎える事となった。  正室と言える存在がいなくなってから、実は7年も時がたっていた。  かつての彼の正室は、明るい朗らかな、優しい女性だった。もちろん、政略結婚ではあった。  だが、仲は良かったと言っていいだろう。  この女性が産んだ息子に、同盟者の娘を嫁がせた。  その同盟者が死に、能力の無い凡庸な子が跡を継ぎ、これはこの領土、自分のものに出来る。カイシが攻め入るべきだとハルスサは判断した。  息子の妻の国を、ハルスサは攻めた。  息子は、それを止めようとしたのだ。  ゆえにハルスサは、自らの手で我が子を殺した。  その領土は自分の物と出来たが、明るい朗らかな妻は、その時から笑顔が消えた。  貴方は国を愛している。民も愛している。  なのに、何故、家族を愛さないのか。  どうして、息子を殺せるのか。  あの子は何も悪くない。  そう口にするようになり、やがて、それすらも口にしなくなり……ある朝、息絶えていた。  病による突然死だと医者は言ったが、もしやと思うが毒でも飲み、自ら死を選んだのだろうか。  ハルスサはそう思った。  そして、側室や側女の呼べる女は沢山いたが、正室と言える女性を、それから7年持たなかった。  俺は業の深い男だ。  ハルスサは自らをそう思っていた。  父を追放し、息子を殺し、その上で何を求めているのか。  自分でも時々、分からなくなる。  国のため、民のため、自らのため。  使命を持って生きているが、一体何を目指しているのかと聞かれれば、その問いの答えには迷う。  正室など持たずとも良い。  そう思っていた彼に、縁談話がやって来た。  ならば、幾人かいる息子の嫁に。と言ったのだが、いや、そこは是非ハルスサ殿に。と言われた。  縁談話を持ちかけて来たのは、あの、ジョードガンサンギャである。  アミタバアキの娘。アミタユオシの妹。  この娘と結婚する意味を、ハルスサは考えた。  実はカゲヨミは、ジョードガンサンギャを憎んでいる。自らの肉親をジョードガンサンギャにより失っているからだ。  ジョードガンサンギャは、カムワの領主を殺した事で有名であるように、時の権力者を、その手にかける事のある、宗教団体だった。  そのため、カゲヨミの肉親も殺されている。  だから、ジョードガンサンギャが内乱などを起こすと、けっして放ってはおかない。  ジョードガンサンギャはカゲヨミの元では、勢力を伸ばす事が出来ぬ。時折、オオクナリとの連携などで、わざとカゲヨミと戦う事もあるようだが……ジョードガンサンギャは、出来ればカゲヨミと戦いたくは無いと思っているようだ。強敵だからである。  そして、ジョードガンサンギャは、カムワの領土を奪ったショーコーハバリは、宿敵と認定している。  ショーコーハバリはカゲヨミとは違い、倒さねばならぬ相手だと思っているようだ。  すなわち、これは「敵の敵は味方」と言う訳だ。  カゲヨミと戦い、ショーコーハバリの戦うハルスサを、「味方にしたい」と言う事なのだ。  ジョードガンサンギャと言う組織、正直に言えば、さほど好かぬ。  時の権力者をその手にかける、危険な存在だ。  だが、奴を味方につけたら、カゲヨミを手に入れる事も、ショーコーハバリを手に入れる事も、もしや容易になるやも知れぬ。  いずれは、手を切らねばならぬ相手だ。  何故なら、奴はカゲヨミもショーコーハバリも、殺したいと思っているのだろう。  俺は、生かして手に入れたいと思っている。  だから、最後まで手を結んでいる事は無い。  だが、一度だけその手を結ぶと言うのは、ありやも知れぬ。とハルスサは思った。  そして、その娘を、正室をして迎えると言う事を、決意したのである。  アミタユオシには祖母がいる。  祖母は、とても優しい女性で、アミタユオシも彼女が大好きだった。  その祖母ケイジュは、彼女から見て孫であり、自分から見て妹である、サンジュンをハルスサに嫁がせたらどうかと、父アミタバアキに言った。  ケイジュの計らいはうまく行き、サンジュンはハルスサに嫁ぐ事になった。 ケイジュはサンジュンに言った。 「女の一生は、男が決める」と。  どのような男の子供に産まれ、どのような男に嫁ぎ、どのような男の子供を産んだのか。それにより、女の一生は決まるのだと。  すなわち、御仏により、その生涯は決まる。  どんな男に生まれ、どんな男を産むか。それは自身で選べる事では無い。御仏のご意志により決まるのだ。誰に嫁ぐのだと言う事も、同様だと思わなければならない。自身では選べない。御仏が選ぶのだと。そう思っておけば、覚悟を決められる。  つらくとも苦しくとも、小さな喜びを見つけ、しっかりと賢明に生きよ。  たとえ嫁ぐ男を愛せなくとも、小さな幸せを小さな喜びを、見いだして生きよ。  そして、武家に嫁ぐのだからね、大人しくひっそりとしていなさい。  この教団のようには、武家は、女に発言力が無い。それを嫌がるようなそぶりを、見せてはいけないよ。例え嫁ぐ相手を愛せなくとも、その相手からは、必ず愛されるように振る舞いなさい。  そう言いながら、ケイジュはしかとサンジュンを抱きしめた。 ジョードガンサンギャはケイジュのように、発言力を持つ女性の多い、代々宗主の妻は権力を持つ組織であった。実際、アミタユオシの母、すなわちアミタバアキの妻であるニョシュンも、なかなかに発言力を持つ女性である。  しかし、その発言力とは自らの力では無い、御仏と男がもたらしたものなのだ、とケイジュは思っていた。 「女の一生は男が決める」その意味でケイジュは、真に絶大な権力を持つ女性だった。  先祖はシンラールダ。父はジョードガンサンギャを大きくした偉大な男であり、いとこ同士でジョードガンサンギャを継いだ男に嫁ぎ、そして、その跡を継ぐアミタバアキを産んだ。  勝ち組と言っていい女性だろう。  そして、実を言うと、この女性がいなければ、教団ジョードガンサンギャは、もう、滅んでいたかも知れないのだ。  父が死に、夫が死に、長男が死に、幼いアミタバアキの後見人として、この女性は教団のために、身を粉にして働き、尽くしてくれた。  本当にこの祖母がいなければ、教団は持たなかったかも知れない。多くの者にそう言われていたのだ。  けれど、祖母は何故かいつも、もの悲しさを持っていた。その、もの悲しい様子が、祖母をより優しげに見せていた。  女の一生は男で決まる。  すなわち、自分は一生主役にはなれない。  その思いから、悲しみが滲んでいたのだろう。  男である自分には、その悲しみは分からない。  実は、兄を追放する時、祖母に相談をした。  兄は素晴らしい人だ。だが、この教団を滅ぼしてしまう人だ。そう言って泣いたアミタユオシを、祖母は優しく抱きしめてくれた。  そして、兄の追放に手を貸してくれた。  兄が追放されるその時、ケイジュは兄の事も優しく抱きしめた。泣きながら抱きしめ 「新たな人生をしかと生きよ」  と、見送るように追放したのだった。  影の権力者。敵に回すと、一番恐ろしい存在。  そのように言われる事もある祖母。  その実態を知らぬ信者達の多くから、恐れられているのだが、アミタユオシにとっては、ただただ優しい、大好きな祖母であった。  ジョードガンサンギャの娘、サンジュンがハルスサの元に嫁いで来た。  ハルスサはこの若い娘と、褥での営みは、あまりうまくいかなかった。  ハタチになったばかりの娘だった。髪は長いが尼のように生きて来た娘なのだろう。生娘だった。  生娘であった、若い娘にありがちな、痛いばかりでおそらく、あまり心地よく感じないのだろう。  明らかに痛がり、戸惑って、困っているような様子が見てとれた。  別に正妻を抱かねばならん訳では無い。俺は他の女にも、抱き方が荒っぽいと言われる事がある。  そう思い、他の女達のところに行った。  もしも、それなのに悋気があって、他の女に行く事を嫌がったりしたら、それは困るのだが、このサンジュンはそんな事は嫌がらなかった。  むしろ、他の側室達と積極的に仲良くし、ハルスサの妻として必要な心得などの、教えを請うような女だった。  営みはうまくいかなかったが、ハルスサはこの女が気に入った。  外見は特別な個性は無い、特別に美しくは無いが、可愛らしいと言えぬ事もない。平凡だが、そこが愛らしく見える女だ。  性格は物腰が柔らかく朗らかだ。  そして……何よりも賢いのだ。  教養豊かな、知的な女性だった。  ジョードガンサンギャはかつて、絶大な権力を持つ女性によって支えられていて、その女性が今回の結婚も後押ししたとは知っていた。  その女性も、教養豊かな賢い女性に違いないとハルスサは思った。  そして……ずっと、男に女は劣ると思っていたのだが、それは女が知恵を授けてもらえる、教養を与えてもらえれる、機会がただ少ないだけなのやも知れぬ。と思ったのだ。  力では女は男に劣るだろう。だが、頭の良さと言うやつは、劣らぬのかも知れぬ。  そして、召喚の能力も、女が男に劣るだろうと言うのも、思い込みやも知れぬ。  もっともっと、国中の女達を活躍させてやろう。  ハルスサはそう考えるようになった。  そう言えば、カズサヌテラスは妻を戦場に連れて行くと聞く。  自分もこのサンジュンを、戦場に連れてみようか。  ハルスサはそう思うようになっていた。  ジョードガンサンギャの……アミタバアキの娘が、ハルスサの元に嫁いだ。それを聞いた時、ショークはううむと、大きくうなった。とんでも無い奴が、とんでも無い奴と、同盟を結んでしまった。  シャンルメはショークをしかと見て 「わたし達も、カゲヨミとの同盟を固く強固なものにしておく必要がある」  と言い出した。 「次の戦いの時には、彼に出陣をお願いしよう」  そう言ったのだ。  仕方の無い話だと、ショークは思った。  次の戦いには、必ず、ジョードガンサンギャはハルスサと組み、突撃して来るだろう。  そして、やはりジョードガンサンギャと戦う事となったその時に、ハルスサの軍がイナオーバリを攻め入るために出撃したのだと、シャンルメとショークは報告を受けた。  ハルスサがイナオーバリに攻め入るのを、カゲヨミに止めて欲しい。そうお願いした。  それをお願いされた時、カゲヨミは 「長かったな……」  と、小さく言った。  何が長かったのか聞くと 「貴方達が、わたしを必要としてくれるまでの時間が」  と笑って言った。 「せっかく同盟を結んだのに、なかなかわたしに出陣を頼まなかったでは無いか」  そう言うカゲヨミに対して、シャンルメは 「本当に大切な奥の手は、取っておくものです」  と頭を下げて言った。 「いつでもいつでも、貴方が共にいるよりも、本当に大切な時にこそ、我々を助けてもらいたかった。それだけ、貴方が大きな、かけがえのない存在だからだ」  そのように言ったのだ。  うまいな。とショークは思う。  シャンルメは、そう言おうと考えていたのだろう。  まさか、ショークが衆道家を好まないので、今までは出撃を頼まなかったなどと、言える訳が無い。  カゲヨミは深くうなずき 「よく分かった」  と言った。 「ハルスサにイナオーバリは攻めさせぬ。わたしを同盟者に選んだ事に、感謝してもらえるよう奮闘しよう」  そう言ったカゲヨミに 「ありがとう。わたし達はジョードガンサンギャとの戦場へと赴く」  とシャンルメは言った。 「次の戦いの時には、共に同じ戦場に立ちたいものだ」  そう言ったカゲヨミに 「是非」  とシャンルメは微笑んだ。  ハルスサはサンジュンを戦場に連れて来た。  サンジュンはあまり、血なまぐさい男臭い、戦場が似合わぬように見えたので、連れて来たのは間違いだっただろうかと、ハルスサは少し思った。  だがサンジュンは 「カズサヌテラスの妻は、1人は治癒の能力者であり、戦いにおいて、夫に知恵を授けているのだと聞いた事があります」  と微笑んで言った。 「そうなのか。良く学んでおるな」  そう言ったハルスサに 「わたしごときが、大殿に知恵を授ける事など出来ますまいが……わたしにも実は、治癒の能力があります。戦場に立たない者ならば、まず身につけておくと良い能力は、治癒の能力なのだと、そのように言われ、幼い頃から治癒の神と契約が出来るように、修行をしたのです」  そうサンジュンは微笑んで言った。 「傷ついた兵士達を癒やすお役目をお授けください。少しでも、大殿のお役に立ちとうございます」  そう言われてハルスサは深く驚き、ますますこの妻を気に入り、連れて来て良かったと考え直した。  カゲヨミの元で、カゲヨミの恋人でもある部下・ヨロクツグはかつてと、戦い方が変わっていた。  そう、彼らの陣営に訪れた者に、自らを傷つけなくても、貴方の技は使える筈だと言われたのだ。  相手から奪って来た髪や爪などを、布や藁や木の人形に埋め込み、その人形を傷つけれればいいのだと。  実は、ヨロクツグは分かっていた。  その事には気付いていたのだ。  だが、ただただ相手を傷つけるその戦い方に、抵抗を感じてしまっていたのである。  相手を傷つけるその罪を、自身に背負う事が出来た。だから、自分を傷つけていた。  だが、その事を言われた時、カゲヨミは 「まことか!」  と言って涙ぐみ 「良かったでは無いか、ヨロクツグ。これでもうお前は、自分を傷つけずにすむのだ」  と微笑んで言った。  カゲヨミの喜びように、そのような事は気付いていたなどとは、とても言えなくなってしまった。  いつかはハルスサの髭を手に、自分の命を奪おうと思っていた時期もある。  そう、ハルスサは僧侶なので、頭髪が無い。  虎のような、立派な髭を蓄えている。  ハルスサもショーコーハバリも、外見は僧侶だが、どこが僧侶なのかと正直思う。  髪の長いカゲヨミの方が、よほど内面は僧侶だ。  神仏への深い信仰と愛情を持っている。  あの2人には果たして、それがあるのだろうか。  ヨロクツグはそう思う。  カズサヌテラスは良き人だと思えたが、ショーコーハバリの事は好きになれなかった。自身もカズサヌテラスと愛し合っているにも関わらず、何やら衆道家を見下すようなところが、どこかにあるように感じていたからだ。  そして……ハルスサについては……  実は、強い嫉妬をしている。  いつからか気付いていた。  カゲヨミ様はハルスサを愛している。  それは衆道家としての愛というものを、遙かに超越した、宿敵への熱い想いだ。  互いに戦う相手を、尊敬し、想い合っているのだ。  わたしが死ぬよりも、さらに、ハルスサの死にカゲヨミ様は涙を流すだろう。  そう思うとヨロクツグは、胸の奥が苦しくなる。  だが、今はそのような事も忘れ、ハルスサの軍を撤退させなければ。  ヨロクツグはそう思い、前方を見つめた。  ハルスサの軍がこちらに、近づいて来ていた。  先頭に立つのは、背の低い顔にアザがある男と、凜々しい外見の、老人にさしかかった壮年の男だった。  その男達と、ヨロクツグは向かい合った。 「通してもらおう!」  そう、壮年の男は声をあげた。 「いらぬ殺戮をするつもりは無い!我々はカゲヨミに用がある!」  その言葉に 「カゲヨミ様の元に、行かせるものか!」  とヨロクツグは答えた。  顔にアザがある男は、かつてトーキャネと戦ったヤマショウケイだった。  壮年の男はキョウライルと言った。  この2人は2人で1人。誰よりも強くなると言われていた2人組だった。  しかし、キョウライルはあまり、戦場に表立って立つ事を好まない。城を守っている方が好きなのだ。  ゆえに、滅多な事では、この2人は戦場に並び立たない。だが、並び立ったらとてつもなく強い。そのように言われている2人だった。  その2人が、カゲヨミと戦うと言うのである。 キョウライルと言う男は、ハルスサに対し 「乱取りをやめなされ」  と、強く言った事がある。  略奪をすると言う事は、とても不名誉な事である。  誇り高き名誉ある主でいるために、乱取りなどするべきでは無い。と言ったのだ。  それに対しハルスサは 「智将は務めて敵に食む」  と言った。  すなわち、補給に頼らず、敵地で食料などを得る事。それが戦をする上では大切な事であると言う、兵法の基本を言ったのだ。 「乱取りをさせて食料を奪わせ、敵から武器なども奪わせる。それは兵法でも良策であろう」  そう言ったハルスサに 「兵法ですか。ならばご存じの筈。百戦百勝は最善にあらず。戦わずして勝つ事が最善だと」 「ああ。良く知っておるぞ」 「大殿は敵を愛しすぎる。戦いたいために宿敵と戦う。そのような事は兵法の基本から、大きく外れるものだ」  そう言ったキョウライルに、その場にいた部下達は顔が青ざめた。それは言ってはならん事のように彼らは感じていたからだ。大殿の唯一の欠点は宿敵と戦う事に喜びを感じる事だと、誰もが思っていた。  ハルスサはその言葉に対し 「俺が戦をするのは、一番には民のためだ」  と答えた。 「乱取りをする事により、民を生かしているのだ」  と言ったのだ。  キョウライルは殺されてしまうのでは無いか。  そう、部下達はヒヤヒヤした。  だが、ハルスサは 「確かに俺には、宿敵との戦いを喜ぶところがあり、そして、乱取りが名誉な事ではない事は分かっている。そのような事を言ってくれる部下は、ありがたい」  と言い、それから 「だが、今後はそのような事は二度と言うな」  と言って、その話はそこで終わったのである。  父を追放し、息子を殺したハルスサだが、信頼出来る部下達を、とても大切にする男でもあった。  乱取りをやめろと言われた時から、それまで以上に彼を、部下として大切にしたのである。  キョウライルも約束通り、それ以上は何も言わず、ハルスサの期待に応えるように、日々奮闘していたのだった。  守りの男である。戦う事より、守る事に喜びを感じる。ゆえに、城を守らせている事が多かった。  だが、今回の戦いは、自ら先陣切って戦うと誓ってくれた。  初めてのジョードガンサンギャとの同盟。  その戦う相手は、カゲヨミとショーコーハバリ。  とてつもない相手なのだと、彼も理解をしていたのである。今は守るよりも、攻める時なのだと。  彼の持つ能力は、いかにも彼らしかった。  瞬檄の神と契約を結んでいた。  他者の持つ神の力を、より素早く、そして強くするのである。  主役は自分では無い。共に戦う者だ。  そのような男であったのだ。  その男の力により、顔にアザのある小さな男、ヤマショウケイの一角獣は、とてつもない速さに、とてつもない攻撃力に、そして、とてつもない数に変わった。  次から次へと、その角で攻撃して来る。  その凄まじい攻撃を、ヨロクツグ達の軍隊に向けて来たのである。  これは、本当に殺戮だ。  傷を負いながら、ヨロクツグは思った。  沢山の仲間達が殺されてしまう。  恐れ入っていると 「わたしの元に向かわせて良い」  そう言う、カゲヨミの声が頭に降った。  戸惑いながらもヨロクツグは 「お前達を通そう!」  と深手を負った体を抱えながら、言った。 「最初からそう言っていれば、傷つけずにすんだ。だが、我々と戦う愚かさを、理解してもらえ嬉しいぞ」  壮年の男キョウライルはそう言い、ヤマショウケイは無言のまま、2人はカゲヨミが空中に待つ戦場へと馬を走らせ、駆けて行った。 ヨロクツグは無念に思いながらも、仲間達を連れて一時退散した。  とにかく死者が多い。そして、負傷者が多い。  治癒の力で傷を負った者達を癒やした。  まずは、ご自身を癒やしてくだされ。そう言われたが、仲間達を癒やす事を優先した。 「破傷風で死ぬ事もある。出血の多さで死ぬ事も。仲間を優先する事が、必ずしも良いと思うのは間違いだ」  そのように叱られた。 「カゲヨミ様にとって大切な存在だと、少しは自覚してくだされ」  そうも言われたのだ。  ヨロクツグがカゲヨミと恋仲である事は、実は仲間の多くが知っている事だった。  そう言われ、少し反省し、自身を癒やした。  深手を負っていたので完治は難しかったが、痛みはあっても、自由に動けるようになった。  傷を癒やした後、ヨロクツグは思う。  あの敵は強敵だった。  カゲヨミ様が倒される訳は無いだろうが……  傷を治し、カゲヨミの元に向かおうとすると 「お前達は残された、ハルスサの軍勢と戦え。先ほどの者達はわたしに任せろ」  と言う声が、カゲヨミから届いた。  ゆえにヨロクツグは、残されたハルスサの軍勢へと向かって行った。  カゲヨミ様は誰よりもお強い。  そのように自分に言い聞かせた。  戦場に戻ると、そこにハルスサの新たな軍勢がいた。  水晶を手に微笑む、美しき少年。純朴な自分とは違い、どこか華やかな……そして、見ようによっては、少女にも見える少年だった。  コウマサンだ。  そう静かに思い、ヨロクツグは少年を見つめた。  その少年が、コウマサンだと言う事が分かった。  ハルスサとお似合いだとカゲヨミが言われ、果たしてハルスサに衆道の気があるのか分からないと、そんな風にカゲヨミが言っていたので、実は調べたのだ。ハルスサに衆道の気があるのか。 すると、戦場には、コウマサンと言う少年を連れているのだと言う事を知った。  そうか。ハルスサには衆道の気があったのか。  そんな風に思ったものだ。  衆道家の代表者のように思われる事も多いが、カゲヨミは、ある意味では衆道家では無い。  衆道と言うものは、いわば、たしなみなのだ。  女を好きな普通の男が、でも、いざと言う時、戦時などに、男で我慢をする。  それがいわゆる、衆道なのである。  そういう意味で、ハルスサは衆道をたしなむ者であるようだ。  でも、きっと本来、女が好きな普通の男だろう。  実は、カゲヨミは長らく、世間に自身が衆道家だとは言っていなかった。  そんな時、1人の娘がカゲヨミに恋をする。  身分ある、美しい娘だった。  カゲヨミに恋をして、両親や一族の反対も押し切って、カゲヨミの元に、例え妾でも側女でも構わないと言って、押しかけて来たのだ。  カゲヨミにその申し出を断られた娘は、反対を押し切って来た手前、家に帰る事も出来なくなり、なんと、命を絶ってしまった。  それはヨロクツグが仕える以前の話なのだが、その時の状況を知る者に聞いた話だと、カゲヨミ様があのように取り乱し、苦しむお姿を、初めて見た。とても驚いた。との事だった。  カゲヨミと言う男は、基本的に後悔をしない。  常に、自分が正しいと思う道を突き進むからだ。  だが、その時は大変自分を責め、取り乱し苦しみ、涙を流して、後悔をしていたのだと言う。  それから程なくして、カゲヨミは宣言した。  わたしは正真正銘の衆道家である。女性を愛する事は出来ないのだ。と。  その宣言をしていなかった自分を責めたのだろう。そう、ヨロクツグは思った。  だが、世間的に見て、衆道と言うものは、本来は女が好きな男の「たしなみ」と思われているために……生まれつき「女性を愛する事が出来ない」と言う事は、きっととても、宣言するのがつらい事だったのに違いない。そんな風にヨロクツグは思っていた。  その……ハルスサの恋人である少年。  カゲヨミが想う、ハルスサの衆道の恋の相手。  この少年に、どのような感情を持って良いか分からぬ。そんな風にヨロクツグは思った。  素早さを誇る男、カンダズは 「髪を奪って来るか?それで攻撃するか?」  とヨロクツグに聞いた。 「いや……」  とヨロクツグは戸惑いを見せた。  彼を傷をつけてしまう事への、抵抗があったのだ。 「なら、俺の髪を使い、攻撃力を持たせてくれ」  そうカンダズは言った。  そう、ヨロクツグは右手に髪を持ち、自身を傷つけると、その髪の持ち主に攻撃を出来る。  左手に髪を持ち、例えばその手を燃やすと、炎の能力をその髪の持ち主に、与える事が出来た。  その、いわばパワーアップのような事も、今では人形を使ってやっている。  人形に赤い布を使い、右手の霊圧を込めた物は、攻撃のための人形になり、青い布を使い、左手の霊圧を込めた物は、力を与えるための人形になった。  この、人形を使えると分かっていなかった頃は、味方に力を与えるために、手を燃やすなどとんでもないと言われ、水に手をつける、水の能力以外を、味方に持たせられなかったものだ。  やはり、人形を使えるのだと言う事を、明かしてもらえて良かったのだと思う。 「分かった」  そう言い、ヨロクツグは人形を使い、カンダズの髪を燃やした。  カンダズは物凄い速さで、与えられた火の力を使い、コウマサンに突撃して行った。  防御の水晶を使うが、その速さ、防ぎ切れぬ。  水晶を飛ばし攻撃もしたが、炎と相殺されてしまう。  コウマサンは戸惑いながら戦い、退却しようとした。  火傷を負い、逃げようとしているコウマサンを 「逃がしてやってくれ!」  とヨロクツグは言い出した。 「なんでだ」  とカンダズは聞いた。 「俺はどちらかと言えば、攫いたかった。今回の相手も美少年だったな。お前が怒るだろうと分かっていたから、言い出せなかった」  そう言うカンダズに 「そう……甘いのかも知れないが……殺したい相手では無かった……」  そう小さく、ヨロクツグは言った。 カゲヨミの部下・カザキイエはハルスサに突進して行った。名刀炸裂。ハルスサはその攻撃を向けたが、なんと効かぬ。  跳ね返すように突撃して来る。  この男の神は、盾の神だった。  そう、防御の力が凄いのだ。  そして、防御のためである筈の見えぬ盾で、まるで殴りつけるような攻撃もして来る。  虎の咆哮、炎の攻撃も、見えぬ盾で跳ね返した。  ハルスサはその盾を、突き破る決意をした。  名刀を元の剣に戻し、それを振るい、檄を飛ばすような攻撃を向ける。  それを次々に、カザキイエは盾で防いだ。  真上からの攻撃。その名刀を高く掲げ真上からの攻撃をしたところで、ハルスサは何と、その男の懐に飛び込んだのだ。瞬間移動、である。 「お前を殺すのは惜しい。俺の臣下になる気は無いか」 そう聞かれ、カザキイエは驚いた。  首筋にハルスサにより剣を当てられている。  だが、カザキイエの部下達も大人しくそれを見守ったりはしない。  剣を持ち、槍を持ち、次々にハルスサに突進して行った。ハルスサは再び、瞬間移動をして遠く逃げる。 「ううむ」  とカザキイエはうなった。 「この勝負、俺の負けだな。懐に入られてしまうなどと不名誉な事だ」  そう言ったカザキイエに 「ならば通してもらおうか。カゲヨミの元に」  そうハルスサは言った。  虎に乗り、ハルスサの軍隊は突撃して来る。  盾を振るい、ハルスサにぶつけるようにして攻撃をしたが、ハルスサは何とかそれを避け、時にぶつかりながらも、戦場を駆けた。  虎の咆哮を向け、それを防いでいる瞬間にならば、盾を翳した場所が分かる。 そのためにハルスサは、その男の防御、そして攻撃を防ぐ事が出来たのだ。  ハルスサを防ぎ切れぬ自分を恥じたが 「構わぬ、通せ。わたしもじきに向かう」  そのような声がカゲヨミから届き、カザキイエは僅かに安堵し、ハルスサを見送った。 カゲヨミと剣豪の男カミィーズミは、キョウライルとヤマショウケイと向き合っていた。  カゲヨミの空を飛び、他の者を地上に落とせる能力は、ただそれだけでは無く、自分以外の者を空に置く事も出来た。  カミィーズミはカゲヨミの護衛のように、彼に寄り添って空中に、まるで立つようにいた。 「カゲヨミ、お命を頂戴する」  そう言うヤマショウケイの肩に、キョウライルが手を置いた。  すると、物凄い風圧を感じる程に、目に見えぬ一角獣達がとてつもない勢いで、空に立つカゲヨミに向かって行った。カミィーズミはその剣で、目には見えぬ一角獣達を斬りつけて行く。  素早い一角獣と、素早い剣さばき。  外から見ていても、もはや、何がどうやっているのかも分からぬ。カゲヨミは 「龍の炎線!」  そ叫んだ。目に見えぬ龍の口から炎が吹かれる。  その炎は、目に見えぬ一角獣達を、赤く赤く見える状態へとした。  だが、それでも物凄い速さ、そして、物凄い数であるのは変わりないが…… 「見えれば斬りやすい。感謝しますぞ」  とカミィーズミは笑って言った。  そして、赤い一角獣達とカミィーズミは斬り合いを続けた。炎が解け、姿が見えなくなるたび、カゲヨミは炎線を向けた。  そして、時折、龍の光線……見えない龍の鋭い雷のような攻撃も、キョウライルとヤマショウケイに向けて発射した。  キョウライルとヤマショウケイも傷を負ったが、カミィーズミも傷を負っていた。  だが、龍神憑依のカゲヨミはむろん無傷である。  どうしたら、カゲヨミを傷つけられるか。  それをヤマショウケイは考えた。 「カゲヨミの唯一攻撃を受ける場所、貴方には分からぬか」  そうヤマショウケイは、キョウライルに聞いた。  人の攻撃をパワーアップさせるキョウライルには、人の攻撃や能力の、本質を見抜く力もあった。  キョウライルは 「分かる」  と小さく言った。そして 「だが、ハルスサ様はカゲヨミを殺す事を望んではいない。生かして捕らえなければ」  と続けた。 「何?ハルスサ様は……カゲヨミを生かせとおっしゃっているのか?」  そう驚いたヤマショウケイに 「ああ、そうだ」  とキョウライルは続ける。  そう話しながらも、絶えず一角獣は攻撃を続け、剣豪はそれを斬り捨てていた。 「どこだか教えてくれ。その攻撃を受け付ける場所を」 そう聞いたヤマショウケイにキョウライルは 「ヘソの下。丹田だ」  と答えた。  すると、剣豪であるカミィーズミをまるで周囲から完全な串刺しにするように、ヤマショウケイは捕らえた。その瞬間に、カゲヨミの丹田めがけた一角獣の角を、丹田を刺す瞬間に止めた。 「カゲヨミ、俺と一緒に来てもらおう。死にたくなければな」  その発言の瞬間に、剣豪カミィーズミは自身を捕らえた一角獣を全て斬り捨てた。それはすさまじい速さであった。  そして、カゲヨミを守るように、その丹田に向けられた角を撃破した。 「なめるな。カゲヨミ様はお前の元になど……いや、ハルスサの元になど行かぬ!」  カゲヨミは深くうなずき、 「わたしがハルスサの元に行く時、それは斬り込みに行く時だ」  と言った。そう言い 「そして……行かせてもらおう。ハルスサの元に」  と続けた。  天空を舞うように、カゲヨミは駆けた。  カゲヨミを行かせまいと、ヤマショウケイは次々に一角獣を仕向けたが、龍神憑依のカゲヨミには効かぬ。  丹田には当たらなかったし、もし当たっても困る事になっていたところだった。  そのままカゲヨミは天空を飛び、やがて地上に舞い降りた。  地上に降り立ったカゲヨミを、人々は驚き見つめた。  その人々の中に、ハルスサがいた。 「俺もお前に元に向かっていたところだ。カゲヨミ……やはり来たか」  そう嬉しそうにハルスサは笑った。  カゲヨミをめがけ、周囲の兵士達は剣や槍を手に突進して行く。カゲヨミは笑い、ふわりと空中に浮いた。  そのまま、ハルスサの元へと降りた。  手に剣を持ち、それを振るう。  そう、カゲヨミはハルスサとの戦い以外では、剣を持ち戦うような事をしない。ハルスサとの戦いを、その一騎打ちを、楽しんでいるのだ。  ハルスサもそれを分かっていた。  炸裂していない名刀を、大きく振るい、互いに剣をぶつけ合い、戦い合う。  すさまじい、剣と剣との勝負だった。  たびたび宙に浮くカゲヨミに対して、ハルスサは虎の咆哮、炎の攻撃を向ける。  むろん、龍神憑依で効かぬ。  地上に降りた瞬間に、虎に突撃させた。虎の頭は丹田に当たる。微かにカゲヨミは顔を歪めた。  そう、カゲヨミの弱点が丹田であると、ハルスサも分かっていた。  そもそもカゲヨミと言う男は、自身の弱点を隠そうなどと考える男では無い。  名刀炸裂で、そこを狙えば命を奪える。  そんな事は分かっている。  だが、たやすく命を奪うのならば、ここまで激戦を繰り広げたりしない。  俺はこの男を欲しているのだ。  ハルスサは心の底からそう思った。  カゲヨミは龍の光線、龍の炎線をハルスサに向ける。瞬間移動にて、その攻撃をかわす。  空を舞うように移動できるカゲヨミと、瞬間移動にて自在に地上を行き来出来るハルスサ。  まさしく互角である。  2人は互いに様々な攻撃を仕掛け、それからはまた、剣術による勝負を繰り広げた。  剣により、ハルスサの肩を傷つけた。その時、カゲヨミは明らかに戸惑った。  そして……ハルスサの遠い背後から 「大殿!」  と声をあげた者がいた。  高い声だ。女性の声だ。  小さくその、女性の姿を見る。  慌ててその女性を、かくまうようにして下がらせた、他の女性が見えた。  主と侍女であろう。  あの、主の女性は……  初めて見た。ハルスサの愛する女なのか。  何故、愛する女性を戦場に連れて来たのか。  そう思い、女性の消えた方角を呆然と見つめていた。  不思議な程に胸が痛んだ。  自分が女性を愛せない苦しみか?  それとも、ハルスサに愛する女性がいると言う事。それが苦しいのか?  肩に傷を負ったハルスサは、口のはしをあげて笑いながらカゲヨミを見つめ 「カゲヨミ、また戦おうぞ」  と言った。カゲヨミは深くうなずく。  そして彼は、瞬間移動にて消えた。  いつもハルスサとの戦いは、この言葉にて終わる。 また逃がしてしまった。そう思いながらも、どこかで安堵している自分にカゲヨミは気がついた。  あの男を撃ちたい。ましてや殺したいなどと……  自分は思ってはいない。  思っていない一方で、あの男を撃つ者がいるのならば、それは自分でありたいとも思っていた。  到底、言葉には出来ぬ、一言では片づかぬ、不思議なハルスサへの想い。  この想いは何なのだ。そうカゲヨミは自問する。  だが、その答えは自分にも分からぬ。  気がつけば薄く笑っていた。  まるで、自嘲するかのように。  今回は、ハルスサを撤退させるのが目的だったのだ。  カズサヌテラスとショーコーハバリ。あの2人の期待には応えられただろう。  そんな風にカゲヨミは思っていた。 ハルスサ達は、一目散に戦場を後にした訳では無かった。逃げ延びた先で、陣営を立て直し、やがて戦場から去ろうとしていた。  ショーコーハバリと戦う時には、いつも一目散に戦場を後にしているが、カゲヨミは逃げ延びた先の陣営にまで、攻撃をして来ない。  戦場を一度去ったら、もう追わぬ。それは、互いの約束になっていた。  その陣営で、コウマサンはとても驚いた。  なんと、傷を……火傷を負った自分を、ハルスサの連れて来た妻サンジュンが、無傷のような状態に癒やしてくれたのだ。 「綺麗に癒えましたね。本当に良かったです」  そう言って微笑んでくれた。  自分がハルスサの衆道の相手だと、知っているようだと仲間からも聞いた。  それなのに、こんなに優しいのか。  それに、とても驚いた。  それよりもっと驚いたのは、その夜ハルスサが自分を、褥に呼んだ事だ。  絶対に、連れて来た奥方様と、褥を共にするのだと思っていた。  それを言うとハルスサは 「あの娘は俺と褥を共にする事を、あまり好かん」  と言った。  それでは、何故連れてきたのか……  それはコウマサンには、少し分かっていた。  あのような治癒の能力を持ち、そして、人格者でもある奥方様だ。  褥を共にする以上の、何かがあるのだろう、と。  ハルスサの新しい妻を、コウマサンは、良き人だと思うようになっていた。 「戦場と言うものを初めて見ました。女のわたしにこのような貴重な体験をさせてくださり、本当にありがとうございます」  ハルスサを見つめ、そう言ってサンジュンは、朗らかに微笑んだ。  実は彼女は戦場で人が傷つく事に、とても心を痛めていた。それがよく分かった。  自分が斬りつけられた時も、とても心配していた。 それでも一方で、本当にとても貴重な体験をした。ありがたい。とも、本心から思ってくれているようだった。  彼女は率先して治癒の能力を使い、多くの者を救ったのだ。むろん、ハルスサの肩も彼女が癒やしてくれていた。  実はこれほどに、傷を無傷の状態に治せる者には、初めて会った。とても優れた能力者だったのだ。  この妻を、戦場に連れて来て良かった。  ハルスサは改めて、そう思っていた。  ハルスサとジョードガンサンギャが手を結んだが、その同盟にはアキシマのオオクナリは入っていなかった。せめてもの救いだと、シャンルメとショークは思う。オオクナリはジョードガンサンギャを助ける事もあるのだが、此度の戦いに手を貸す事はしないようだ。やはり、タカリュウとコウリョの結婚が大きかった。嫁いで来た時には考えられぬ程に、2人はいつしか仲睦まじくなっていた。  この2人の結婚による同盟を、何とか解消させねばならぬ。ジョードガンサンギャはそう思っていた。  そう思っていたところに、そのオオクナリから連絡が入った。  ギンミノウの国境付近、その北東の果てに、殺すべきショーコーハバリの長男、タカリュウが陣を引くと教えられたのだ。  北東の果て。最善だ。  ジョードガンサンギャが大軍を率い、ショーコーハバリ達と向かい合う、西の果てから遠い。  絶対にタカリュウを殺すための作戦を、実行できるであろう。 タカリュウはその戦いで初めて、ナヤーマ城を離れ、ギンミノウの国境を守っていた。  そう、いつまでも、ご子息を鉄壁の守りの城だけを任せていても、成長しない。また、鉄壁の守りの城とは言えども、精鋭達に守らせるべきでは無いか。  などと言う意見に、ショークは耳を傾けてしまっていたのだ。それがオオクナリの、罠とも知らず。  国境付近を守っていても、その国境付近に誰も来るまいが、時に違うところを守らせてやるのも、確かに良いかも知れぬ。と思ったのだ。  そして、国境付近を守っているのが、コウリョの夫タカリュウなのだと言う情報を、ジョードガンサンギャはオオクナリにより手に入れていた。  そこを何とか攻め入り、邪魔な子息を消す。  そのためにオオクナリと話し合い、作戦を企てた。  娘の夫を死なせようとしている事。それが娘に知られてはまずい。誰から知らされた情報なのか、絶対に漏らさぬ事を、オオクナリはジョードガンサンギャに誓わせた。  初めてショークの国ギンミノウが、侵攻を受けた。タカリュウが陣を引いた北東の果てにジョードガンサンギャが攻め入ったのだ。  それを聞いたショークは、敵を蹴散らして来ると言って、ギンミノウへと向かった。  ギンミノウと言う国は広い。  その北東の果ては遠い。急ぎ向かい戦って来ても、数日間は、大変な大軍をシャンルメだけに戦わせてしまう事になる。  その事をショークは気にした。  しかし何故、侵攻して来たのか。たやすく侵攻できる国では無い。  何か勝算があるのか。ただただ、ショークをこの場から連れ去りたいのか。  そんな風にシャンルメは考えた。  シャンルメは、彼らの狙いがタカリュウである事には気付かなかった。  すぐにでも戻る。必ず戻る。  そう幾度も幾度も言って、ショークはシャンルメにジョードガンサンギャの大軍を任せた。  ジュウギョクは、タカリュウが気になる。と言った。彼を補佐するために、わたしを連れて行ってくれないか。そのまましばし、ギンミノウに置いて欲しい。  そう言われ、ショークはジュウギョクを連れて行く事にした。  ジュウギョクは1人、嫌な予感がしていた。  オオクナリの謀略とまでは気付かなかったが、何か良からぬ事にタカリュウが、巻き込まれたような気がしていたのだ。そして、ナガナヒコが 「わたしも向かいましょう」  と言った。 「なんだか、わたしが役に立つ気がする。あくまでも予感なんですが、わたしの予感は良く当たります」  そのように言い、彼らは北東へと向かった。 そして、その一方でハルスサが再び、イナオーバリを攻め入っていた。  ハルスサとの戦いは、カゲヨミに任せていた。  自国だ。自身で守りたい思いはある。  だが、カゲヨミが必ず、イナオーバリを守ってくれる筈だ。  わたしはわたしの戦いに、集中しなければ。  そう、シャンルメは思っていた。  そう思い、目前の大軍を見つめていた。  物凄い大軍だ。100万に近い。  ジョードガンサンギャとの戦いは、いつも桁違いな数の大軍に囲まれる。  あり得ない程の大軍と戦う。それがジョードガンサンギャとの戦いでは、常であった。  そのため、その大軍を指揮する、アミタバアキやアミタユオシと、対決出来た事が無い。  彼らと直接、戦った事が無いのだ。  あり得ない程の大軍と戦い、それを幾らか蹴散らし、幾人かの大将と呼べる者の首を取ったところで、彼らはいつも退散して行く。  勝負にはならない。蹴散らせたとは言っても、勝利したなどとは、到底言えないのである。  そして、その大軍は数は大きいが、兵士などと言えないような者達も多くいた。  能力者では無く、僧兵でも無い、女や子供や老人が……思い思いの武器を手に、突撃して来るのである。  信仰により、死を全く恐れていない。  どう戦えばいい。一体、どう戦えば。  どう戦えば、この、殺す必要の無い者達の、戦意を失わせられるか。それをシャンルメは考えた。  ショークは今、側にいない。  ジュウギョクも、側にはいない。  自身1人の身に、この戦況は降りかかっている。  ショークが側にいない事で、普段は使わないような手を使おう。今まで対決した事の無いアミタバアキやアミタユオシと、戦えるように状況を導こう。そんな風にシャンルメは思っていた。  シャンルメはトヨウキツに1年分の兵糧を用意させていた。万が一足りなくなった時のため、大量の兵糧を戦場に、定期的に運べるようにもしていた。  8万の軍の1年分の兵糧。  1年も戦う気なのかなどと、トヨウキツは聞かず、ただ、それを用意してくれた。  自分の作戦には、兵糧はどうしても必要だった。  シオジョウにも、その兵糧を使う作戦を語り、やる価値のある作戦だと、背中を押してもらった。  自分の戦いは常に、2人の妻に支えられている。  本当に、ありがたい妻達だと思った。  まずは、自身の元に突撃して来た者達と戦った。  その数4千。100万近い兵の、たった4千である。  ミカライとトーキャネと共に、小さな炎や爆発する石で、相手がかすり傷しか負わぬような攻撃をして、そして自身の、風の翼も使った。  指揮する者は一目で分かる。兜に仏像がある。いつもの事だ。  その兜の仏像を風の翼で斬りつけ、そして、風でこちらに遠く運んだ。こちらの陣営に落ちた物を、近くの者が拾い上げる。  それを手渡され、シャンルメは高く高く掲げた。  そして、シャンルメは高台から口を開いた。 「わたしは今、この風の翼にて、指揮官の首を取る事も出来た。だが、それをしなかった。ただ、この御仏の像を奪った。それが何を意味するのか、良く考えて欲しい」  そう言われ、人々は戸惑いながら、かすかにざわめいていた。そのざわめきをかき消すようにシャンルメは声をあげる。 「あなた方は神仏を愛し、神仏を信じる気持ちで、ここで戦っているのだろう。だが、その戦いとは、本当にあなた方が……信心から本心から、望んでいた事なのか」  奪った御仏の像を、全ての者に見えるように高く高く掲げ、シャンルメは続けた。 「日々の暮らしを豊かに生きる。田を耕したり、商いをして、不自由のない暮らしを生きる事。そして、それが自分達の子や孫にも引き継がれる事。自身と自身の子孫達が、ささやかで幸福な暮らしを送る事。それが……それこそが、あなた方の真の望みなのでは無いか?」  そのように聞かれ、その4千もの人々は、静まりかえり……カズサヌテラスと、彼女の掲げた御仏の像を見つめていた。 「信仰とは尊いものだ。信仰をよりどころにする想いは良く分かる。だが、その信仰により、武器を持ち、人を殺してはならない。信仰とは深い深い、胸の奥にあるべきものだ。神仏を心から敬い、神仏を愛し、神仏を信じる。その信仰を深い胸の奥にしまい、あなた方が幸福に、平穏に、生きるべき場所。そこに帰ってはもらえないだろうか」  そして、シャンルメはなんと、兵糧を配りだした。4千への人々に3日分の食事しか用意できない。それは申し訳ないが、それを手に、どうにか国に戻ってもらいたい。なんと、そう言い出したのだ。  兵糧を手にした半数以上の者達が、なんと、そのまま国に帰ってしまった。  半数どころでは無い。大多数に近かった。  3千は戦場を去ったであろう。  兵糧を受け取らない者。受け取っても、陣営に帰る者もいたのだが、それでも多くの人々が、戦場を後にしてしまったのである。  その事情を、御仏の像を奪われ、恥を忍んで戻って来た指揮官から聞いたアミタユオシは、何と言う事だと焦った。  戦わず戻って来たとしても、由々しき問題なのだ。  何と、戻っても来ずに、国に帰った者がいるのだ。  そして、その噂はあっと言う間に広がり、何のために戦っているのか。確かに自分達は平穏な日常を送りたいと思っていたのだ。と言って、戦場を後にする者達が、ちらほらと出始めた。  百人単位、千人単位で、国に戻ってしまう。  その数の全てを把握出来た訳では無いが、おそらくは1万近くが戦場を去っていた。  とてつもない事だ。  カズサヌテラスは恐ろしい敵だ。  誰かに似ている。そうだ、兄だ。  カズサヌテラスもまた、どのような信仰を持つ者も人は全て平等なのだと、そのような事を言いそうな気がする。  この敵とどう戦えばいい。  そんな風にアミタユオシは思っていた。  ギンミノウの北東に攻め入ったアミタバアキは、まずはタカリュウのお手並みを拝見した。  あの恐ろしい男の息子だが、いかほどの者か。  そう思い、軍隊を出撃させ、彼の軍にそれを当てた。  戦い方は悪くは無い。悪くは無いが、凡庸だ。  そのように思い、戦闘を繰り広げた。  叩きのめしはしないように戦い、やがて時を見て、和睦を申し入れた。  ここから退散させていただく。  話し合いの場を設けていただきたい。  そう相手に伝え……  さあ、どう出るか。どのように出るか。  そう思いながら、アミタバアキは固唾を飲んだ。すると、罠を疑った味方の兵士達に止められたようだが、ショーコーハバリの子タカリュウは、こちらの陣営に向かって来たと言う。  いざと言う時に戦えるように、タカリュウを守れるように、ショーコーハバリの精鋭と呼ばれた者達も、連れてやって来ていた。  軍勢を連れてやって来たタカリュウを、アミタバアキは見入った。凜々しい青年に、あの男はこの息子に似ているのだろうか。などと考えた。  人々は気づきもしないで、その空間に足を踏み入れた。実は、タカリュウは護符を持っていた。そう、神の力を、相手が使えぬように護符を持っていたのだ。  だが、甘い。護符を持っていたのなら、肌身離さず、奪えぬところに持っておくべきであった。  彼が護符を持っている事。胸に挿してある事が、アミタバアキにも分かった。  まずは、タカリュウを守る護衛のような男達、ショークがタカリュウを守らせるためにつけた精鋭達が、動いた。  そう、不自然な、操り人形のような動きをした。 「な……なんだ……体が勝手に……」  タカリュウを守るべき精鋭達は当然、護符など持っていなかったのだ。  その勝手に動いた男が、素早い速度でタカリュウの、胸に挿してある護符を奪った。 タカリュウは何も出来ず、驚いて見入っていた。  やがて、タカリュウの体も不自然に動いた。  その場にいた者達が皆、操り人形のように動く。 アミタバアキは電流を操る。そう、人は脳に電流を流す事により、その体を動かす。自らのいる場所から、おおよそ30メートルの範囲の結界の中に、足を踏み入れた者は、全て操れるのだ。  動きはやや不自然だが、自由自在に操れる。  能力までは引き出せぬが、剣や槍で、味方や自身に対し、攻撃をさせる事が出来た。  自らが軍を指揮するような事を、好まぬ男だ。  だから、この技を知る者は、味方にも少なかった。  やがて、操られたタカリュウの軍勢の者達は、互いに斬り合い、殺し合って行った。  タカリュウは殺されずに、それを見入った。  やがて1人取り残され、死した者から剣を奪った。 「ど、どうなってるんだ……どうなってるんだ……!」  絶望のような声をあげた。  声だけはあげられる。だが、体は自由に動かせぬ。勝手に動く。その動きを止められぬ。  彼は剣を持ち、立ち尽くしていた。  仲間達が死して、自分の体が動かせぬ。その絶望にどうやら、泣いているようだった。  彼は恐れおののき、涙を流していた。  アミタバアキは人を傷つける事は好まぬ。  人を泣かせる事も好まぬ。  だから、ゆえに自身が先頭を切って戦う事は無い。  すまぬ。許せよ。あの男の、子に生まれたためだ。  心の中でそう思い、彼はタカリュウを見つめていた。  電流を流し、自由自在に人を操る技。  その技を用い、ショーコーハバリの息子を操った。  奴はこちらに向かっていると言う。  それは、予定よりも大きな収穫だった。  ただただ、息子を殺そうかと思っていた。  だが、奴に対して、この息子を刺客にして襲わせてやろう。息子は殺せぬような、そんな男ではあるまい。息子を殺すであろう。  だが、息子を殺させた事、怒りに怒るに違いない。  そのまま、こちらに向かって来たところを……奴も操り、奴に奴自身を殺させてやろう。  アミタバアキはそう思っていた。  陣営に向かってきたショーコーハバリは、和睦を申し入れられ、若君が精鋭達と向かったのだが、戻って来ないと言う話を聞かされた。 「霊圧を見れる。そんな能力も持っていたな」  そうショークはナガナヒコに聞いた。 「はい」  とナガナヒコはうなずき 「間違いありません。その場に足を踏み入れた者は、全て、自由自在に操る能力の持ち主です」  そう続けた。 「そこにおめおめと向かったのか。操られて死したのか、それとも……」  タカリュウはどうなったのか。死んだのか。  いや、奴ならばおそらくは、息子を操り、俺に対し攻撃をさせるであろう。 「これ以上は近づけぬ。そういうところに陣を張る。お前ならば分かるな」  と、ショークはナガナヒコに言った。 そして、アミタバアキの陣営と、にらみ合うように向かい合った。  すると、陣を張ったその軍勢の元に 「父上……!」  と叫びながら、タカリュウが飛び出して来た。  剣を持ったまま、通常ではあり得ぬような速さで、ショークに向かい剣を構え、突撃して来たのだ。  ジュウギョクはショークを庇い、前に進み出て、タカリュウに斬りつけられ、倒れた。 「じゅ、ジュウギョク……!」  親友を傷つけてしまったために、彼は涙を流した。ジュウギョクと言う友は、彼にとって本当にかけがえのない者だったのだ。  それを傷つけてしまった。 「父上……体が……勝手に……!」  止めて欲しい。その思いを込め、父を見つめる。  泣きながら、舞うように剣を振りかざしている息子を、ショークは静かに、闇の刃で斬りつけた。  泣いていた息子は深い深い傷を負い、そのまま絶命して行った。  そして……操られたタカリュウに斬りつけられ、傷を負ったジュウギョクに対し、ショークは怒りの声をあげた。  何故、タカリュウを倒そうとしなかった。  ただ、斬りつけられてしまった。  お前は死んではならぬ者だ。  俺には分からぬ。俺には出来ぬ戦いだが、人を殺さずに相手を倒す事。それをシャンルメは望んでいるのだ。その望みを叶えるため、お前は必要な男だ。けっして死んではならぬ。何があろうとも生きろ。  そのように、ショークはジュウギョクを叱った。  ジュウギョクは胸を打たれたようだった。  そのまま、運ばれて行った。  あのナガナヒコがいる。すぐにでも傷は癒えよう。そうショークは思った。  そして、息子を殺されたその怒りが、ショークの胸を深く満たした。息子を殺された。いや、自分自身の手で、息子を殺させられた。  殺された、殺してしまった息子の事よりも、その子を産んだ、愛おしき亡き妻の事を思った。  出来れば、我が子を跡目にして欲しい。  それが亡き妻の、たった1つの遺言だったのだ。  そして、深く怒りながらも、これは罠だ、と思った。  ここで、敵を追って行ってはならぬ。  奴らの結界、その場所に足を踏み入れれば、息子と同じ事になる。  奴らは俺を操り、シャンルメを傷つけさせるつもりなのやも知れぬ。そんな罠にかかってなるものか。  ここで奴らを追ってはならぬ。  シャンルメは100万近い軍勢と戦っている。シャンルメの事だ。持ちこたえてはいよう。だが、すぐにでも守りに向かわねば。 タカリュウを国境付近に配置するように言った、その男は逃げ出し、斬りつけられ死亡した。その報告をショークは受けた。  若君が死んだのは自分のせいだと思い、恐ろしくなったのでしょうと言われ、ショークは違うなと思った。  何しろ、タカリュウが国境付近にいる事を、奴らは……ジョードガンサンギャの奴らは、完全に掴んでいたのだ。その男が漏らしたに違いない。  何故、そんな男の言葉を聞き入れてしまったのか。罠だと微塵も疑わなかったのか。  毒蛇と言われるが、俺は甘い。  自身の手足のように動く、精鋭達からすら意見などいつも聞かぬのに、何故、あんな言葉を聞き入れてしまったのか。タカリュウが死ななければ、モトーリ家との同盟も続いた筈だ。  そこまで考え、ショークは自身に向かい、忘れろと心の中で唱えた。  失敗を悔やんでも仕方が無い。  考えても仕方の無い事は、頭から追いやる事だ。  だが、息子を殺してしまった事……  それだけは亡き妻に対し、申し訳ない思いが、拭っても拭っても拭い切れなかった。  ショークは自身の精鋭達を連れ、シャンルメの元へと向かって行った。  黒い馬に乗り、黒い鎧に身を纏うショークは、まさに闇の使い手であると、誰から見ても明らかだった。そのショークを先頭に、彼らは向かって来た。  黒い怒りと闘志を秘め、ショークはシャンルメの元へと駆けた。  シャンルメはその時、カゲヨミから 「ハルスサを退散させた」  と言う声と……  ショークから 「タカリュウを殺してしまった」  と言う声が届き……  かたや嬉しい報告ではあるが、かたや、とんでもない悲劇であり、明らかに狼狽してしまった。  カゲヨミに礼を言い、本当に感謝する。これからもよろしく頼む。と伝えたが……  ショークに対して、何を言っていいかが分からなかった。言葉にならず戸惑っていると、やがてショークはジュウギョクとナガナヒコを連れて、帰って来た。  ショークの顔を見たら、涙を流してしまった。  ショークも何を言っていいかが分からず、ただシャンルメの頭にそっと手をおいた。  そして……実はシャンルメは、さほど苦戦を強いられてはいなかった。最初にぶつかった4千を、降伏させるどころか、国に帰してしまった事が、功を奏していたのだ。  100万の軍勢には、国に帰ってしまう者がちらほらと出始め、そして、なんと彼女の元に「我々も国に帰るから、兵糧をくれないか」などと言って、来る者が現れた。それが数千人単位で現れ、「もちろんだ」と言い、3日分の兵糧を渡すと、そのように戦わずに国に帰る者が、その後も続出していたのだ。  まさか、100万もの軍勢で8万と戦うこの戦で、こんな状況に陥るとは。  100万の軍勢は、彼女と、どう戦えば良いか分からなくなり、浮き足だっていた。  時折向かって来る者達もいたが、さほどの激戦にはならずにいた。本気で戦えばその兵達も懐柔されてしまうかも知れぬと、アミタユオシも指揮を執るのに戸惑ってしまっていたのである。  100万もの軍勢を相手取り、戦死者を全く出していなかったシャンルメに、ショークは驚いた。  自身の部下達も、相手の兵士達も殺していない。  シャンルメのその戦いぶりを見て、ジュウギョクに対し怒った自分は、間違っていなかったと思った。  あの男は、もしや俺以上に、シャンルメにとって必要な者かも知れぬと思ったのだ。  ショークの元に、音の神と契約している者がいた。その者を貸して欲しいとシャンルメは言った。  その時にはすでに、10万近くが国に戻り、90万になっている相手の軍隊の、全ての者に向かい、音を……声を届ける。  シャンルメはそう決意し、即席で作った高台の上に乗った。 「聞いて欲しい。あなた方の、神仏への信仰、神仏への愛情、それを否定するような想いは、わたし達には無い。信仰は尊い物だ。信仰は深く深く、胸の奥底に輝いてこそ、尊いとも言えるのだ。信仰により、人を傷つけ、自らの命も奪ってはならない。あなた方は何を望み、何を求め、その御仏を心から信じ愛したのか。日々の何気ない暮らし、平穏な毎日を心豊かに送る事。その日々が子や孫にも受け継がれる事。それこそを求めてあなた方は、神仏を信じ、愛したのでは無いか。あなた方の大切な信仰を、捨てよとはけっして言わぬ。日々の暮らしに戻ってくれ。その尊い偉大な、信仰を胸に」  同じ事だ。最初に戦った4千の軍勢。それに向かって言った事と、同じ事をシャンルメは言った。  アミタユオシは、シャンルメのその声を聞いた。  女だと言う噂があるとは知っていた。その声は確かに、女の声にしか聞こえない。  兄に似ていると思ったが、少し祖母も思い出した。  100万はほとんど、烏合の衆なのだ。ただ、死を恐れず突撃して行く事に意味があった。烏合の衆の、名の無き民衆である彼らは、完全に戦意を失っていた。国に帰ろうとする者もいれば、戦意を失い立ち尽くす者もいた。  何という事だ。アミタユオシはそう思った。  どのような説得を受けようとも、けっしてぶれずに、絶対に戦い相手を殺し尽くす。そのように訓練を受けている軍隊は、100万の中で、わずか22万である。その22万は能力者も多く含む、精鋭であった。この22万で向かうしかない。  初めてアミタユオシは自らが軍隊を指揮し、彼らと直接戦う事を決意していた。  シャンルメ8万ショーク8万対、アミタユオシ22万の戦いになった。16万対22万。  カズサヌテラスの手腕により、そのように仕向けられてしまった。  だが、それでも自分達に勝機はある筈。  恐ろしい敵。カズサヌテラス。ショーコーハバリ。ここで必ず倒してやる。  アミタユオシはそう決意した。  戦意を失い、立ち尽くす民衆達にアミタユオシは、シャンルメと同じく音の神の力を使い、大きく「皆の者、念仏を唱えよ!」と言った。  戦意は失っていても、人々は念仏を唱えだした。  そう、その念仏の大きさにより、自分の力は変わる。戦意を失ったこの者達にも、戦いの役に立ってもらわねばならぬ。  人々が唱える念仏の大きさに、力が比例する自分は、まさしくこの教団の宗主に相応しい。父にもそう言われていたし、自身でもそう思っていた。  相手を傷つけ、倒すその力が、人々の唱える念仏の大きさにより、より大きくなって行くのだ。  闇の波動に近い。それが真横からの攻撃だ。こちらを焼き尽くすような、波動の渦のような攻撃により、ショークは苦戦した。黒き穴により、攻撃を一部吸い取り跳ね返すが、これだけの大きな攻撃を向けられては、一部しか跳ね返せぬ。なるべく巨大な黒き穴を出現させ、相手の攻撃を跳ね返し、自らは闇の波動により、相手を燃やし尽くすように殺して行った。  幻の獣達は出現させても、切り刻まれてしまう。  黒き穴と闇の波動で、戦うしか無い。  隣に立つシャンルメも、賢明に風の力で戦う。  その彼女を傷つけまいと、ショークは奮闘した。  オオクナリとの戦い以降、2人は隣り合って戦う事が増えた。シャンルメが自分の隣に立つ事を、強く望んでいる事が良く分かったからだ。  戦いに集中し頭に血が上ると、隣にシャンルメがいると言う事すら、忘れてしまう事があった。だが、隣り合う事が自然になって行き、それも無くなっていった。他に困った事と言えば、シャンルメは自分の事も、すなわちショークの事も守ろうとしてしまうところだ。俺など守らなくていい。俺は自身は自身で守れる。そう何度も何度もショークは言った。  だが、そのような困った事があっても、シャンルメは自分の隣に立てる事を、喜びと思っているようだった。この心優しき娘に、残酷な自分を憎まれるのでは無いか。嫌われるのでは無いか。そのような心配など、無用だったようだ。  シャンルメとショーク、そしてショークの連れている精鋭達も、それぞれの能力で、この敵と戦って行った。むろん、トーキャネやミカライ達も、それぞれの能力で賢明に戦っている。  いつまでも続くのでは無いかと思われた戦いだったが、相手が少し、押されて行ったのが分かった。  行ける。このまま突撃して行くのみだ。  ショークがそう思った途端、ふと、相手の攻撃の、その霊圧が変わった。 霊圧が変わった途端、物凄い睡魔が襲って来た。  鳴り響く念仏が、睡魔と変わり、襲って来る。  自身の精鋭達を初めとし、トーキャネとミカライ、軍勢の多くの者が眠りについてしまった。  そうか。今、この念仏は、人々を眠らせる力を持っているのだ。こんな物に負ける訳にはいかぬ。  ショークは初めて、自身に闇の結界を使った。  結界を使うと、自身の力も半減させられる。  闇の波動や闇の刃などの力も、結界により、その力が半分に失われてしまう。  だが、この睡魔には、それしか対抗のしようがない。  まるで気絶するように、眠りについてしまったシャンルメをそっと抱え、ショークは自身1人で、相手に立ち向かう事を決意した。  この結界は俺を守るために張ったのでは無い。この手に眠るシャンルメを守るためなのだ。そう、自分に言い聞かせた。  幻の獣は死している者を復活させている。恐らく、この睡魔は効かぬ。  そう思い、歴史の闇に葬られし、暴獣達を復活させた。予想通りだ。彼らは眠りにつかず、アミタユオシ達の軍勢に向かって行く。  ただ、闇の結界を張っている自分の使う、この幻の竜は、どれだけの時間、どれだけの数、出現させられるか分からない。だが、それでもこの幻の竜に頼る戦い方をするべきだ。だが、乗る事は出来ぬ。消え失せてしまえば困るからだ。  ショークは暴獣達の攻撃で、アミタユオシの軍勢を押して行った。  すると、アミタユオシの攻撃は再び変わった。  かつても襲って来た、すさまじき焼き尽くすような攻撃になったのだ。  待っていたぞ。そうショークは笑む。  自分は今、闇の結界の中にいるのだ。この攻撃は全く効かぬ。 刀を抜き、それを手に取る。  闇の波動や闇の刃では、力は半減してしまう。  だが、刀による攻撃は別だ。  そして、その刀に注ぎ込める限りの、闇の力を……結界を突破出来るだけの力を、注ぎ込む。  いつもの闇の刃に近い。範囲は少し、狭いかも知れぬ。その攻撃をショークは奴らに向けて行った。刀を振るい、次々に攻撃して行った。 「何をしている!」  陣営に戻って来たアミタバアキは声をあげた。  アミタユオシは、戦っているのだと説明した。 「何故、お前自らが戦うのだ。そのような状況になる前に撤退せぬか!」  アミタバアキはそう強く言った。 「このままではショーコーハバリに殺されるぞ!」  そう言われ、確かにそうかも知れぬとアミタユオシは思った。  全く自分の攻撃を受け付けず、刀を用い、闇の力で攻撃をしてくる敵。  この男には、適わぬかも知れぬ。  悔しいが、どこかでそう思っていた。 「逃げる!逃げるぞ!!」  父にそう言われ、アミタユオシは戦場を去ろうとした。逃げ出そうとする彼らを守ろうと、戦場でただただ念仏を唱えていただけの民衆達が、刀を振るうショーコーハバリに突撃して行った。  戦意を失ったとは言え、自分達を守ろうとしてくれるのか。アミタユオシは涙ぐみ 「お前達の信仰と忠義に、心から感謝する!!」  そう言い、一目散に戦場を後にした。  シャンルメをしかと抱え、刀を振るっていたショークは、あと一歩のところで、アミタユオシとアミタバアキの命を奪えなかった。  口惜しい思いが胸を満たす。  だが、直接対決を、初めてしたのだ。  それは自分の手柄では無く、眠っているシャンルメの手柄だとショークは思っていた。 やがて、シャンルメはショークの腕の中で目を覚ました。目を覚まし、辺りを見渡し 「わたしはどうしてしまったんだろう……」  と言った。 「眠っていたのだ。相手の攻撃により、な」  そう言いながらショークは笑い 「逃がしてしまったが、初めて奴らと直接対決をした。それは、まさしくそなたの手柄だ。俺1人ではとても成しえなかった事だ」  そう言いながら、自身の前にシャンルメをそっと立たせ、その頭を撫でた。  タカリュウが亡くなった事により、コウリョは国に帰る事になった。  敵の手に落ち、操られてしまったところをショーコーハバリにより斬り捨てられたと聞き、コウリョは何と言う事も出来ない、思いに陥った。  4番目の妻として、大切にすると言ってくれた。その通りにしてくれた。子を作ろうとも言ってくれた。いつしか、たどたどしくはあっても、愛し合っていたのだと思う。  それでも、その父であるショーコーハバリの事を、好きになる事は出来なかった。  あの男はやはり、自分の子供を殺すのに、躊躇などしなかったのだろう。と思った。  本当に何故、カズサヌテラスが、あの男と愛し合っているのか、不思議でならないと改めて思った。  その一方で思う。おそらくは自分とタカリュウの、結婚による同盟が、ジョードガンサンギャには邪魔だったのだろう。そのために敵は……彼を殺そうと思ったのだろう。ならば、自分が嫁いでいなければ、彼は死なずにすんだのだろうか。そう思うと悔しくて、涙が止まらなかった。 3人の妻達に顔を合わせた時、コウリョはやはり泣いていた。  もしかしたら、自分が嫁いで来なければ、タカリュウ殿は死なずにすんだのかも知れない。  そう、どこかで思っていた事を口にした。 「馬鹿!」  とタツサは言い 「貴方は、ショーコーハバリ様とカズサヌテラス様が都に単身行く事を、父親に知らせなかった。そして、それを自分に知られるような事をして、なんて馬鹿なとタカリュウ殿に怒ったじゃないか。貴方はわたし達と同じ、あの人の妻だったよ。あの人は武家の棟梁の息子だったんだ。そして戦場にいたんだよ。けっして貴方のせいなんかじゃない」  と続けた。 「コウリョさん……」  ヨシムは涙ぐみながら 「これからもわたし達と友達でいてね。3人で貴方に手紙を書くからね」  と言ってくれた。  イッシスは大きくなったお腹を抱えながら 「貴方も、子供を作ろうって約束してたんだよね。何だか、わたしだけ……皆に申し訳ない……」  と言った。 「とんでもない。本当に……本当に、皆さんに会えて嬉しかった……」  そう言いながら、4人は静かに抱き合っていた。  国に戻る。そう決まった時に、シャンルメが会いに来てくれた。 「コウリョさん……」  名を呼びながら、彼女は自分を抱きしめ 「タカリュウさんを守れなくて、すみません」  と言った。 「貴方は何も悪くないです……」  そう言ったコウリョに 「でも、あの人を失って、つらかったでしょう」  とシャンルメは言った。深くうなずきながら 「3度目の輿入れでしたが、初めて相手の男性を、好きになったような気がします」  そう、コウリョは言った。  しばし、コウリョとシャンルメは見つめ合った。 「貴方のお父上と戦う事は怖い。正直、とても脅威に感じている。でも……それでも、わたしは貴方の事を、友人だと思っていたし、これからもそう思いたい」  そう言ってくれたシャンルメに、コウリョはボロボロと涙を流し 「ありがとう。貴方はわたしのかけがえのない人です」  と言った。  泣きながら2人は抱き合い、そして別れを告げた。  陸地を馬に引かせた輿で行き、しばし行ったところで船に乗り、ゆっくりと船旅をして、港からコウリョはアキシマに帰って来た。  嫁いだばかりの時は、あんなに帰りたいと思っていたアキシマだったが、故郷を久しぶりに見れた喜びよりも、大切な夫を失って戻って来たのだと言う、悲しみの方が、ずっとコウリョには大きかった。  父の元に、コウリョは連れて来られた。 国に戻って来たコウリョの顔を見た父は、穏やかに静かにコウリョを見つめ 「いつからか、報告が随分と少なくなった。あのタカリュウと言う男に、情が湧いていたのか?」  と聞いてきた。  コウリョは真っ赤になってうつむき 「申し訳ありません……」  と小さく言った。 「あの人はわたしを妻として、大切にしてくれるようになって……嫁ぎ先の男性をこんなに好きになったのは、初めてです」 「ああ、やはりそうだったのか」  そう言いながら、父オオクナリは、何と怒りもせずに微笑を浮かべた。 「謀略とは人を使うものだ。人には思いがあるものだ。心があるものだ。思い通りになど動かぬ。それは良く分かっている。お前が嫁ぎ先で相手を愛した事。それは良き事だと、この父も思っているぞ」  父の言葉に、コウリョはボロボロと泣き出した。 「実はかけがえのない友も得れました。3人は彼の妻だった人達です。1人は……どのような人かは父上には内緒です。わたしが鏡を使って偵察を出来る事。それを知ってもその友は、ショーコーハバリにはそれを、知らせずにおいていてくれたからです。知られたら、わたしは恐らく殺されていたと思います。だから、その友の事もわたしは父上に知らせず、友情と恩義に報いたいのです。彼女は、敵地に1人嫁ぎ、心細く怖い思いをしているわたしに、とても優しくしてくれました。夫と愛し合う事が出来たのも、彼女のおかげなのだと思っています。これからも時折、文でやり取りをすると思います」 「おお、そうだったのか。我々の身分に生まれると、友を得るのも難しい。それは良き事だ」  そう言いながらオオクナリは笑い 「次の戦いでは、戦場に立ってくれるか?」  とコウリョに聞いた。  コウリョは、父と同じ鏡の神と契約を結んだ能力者で、戦場で戦う事も出来た。  かつての、ショークとシャンルメが攻め入って来た時の戦いで、彼女が戦場に立っていなかったのは、オオクナリが彼女を、戦争の終結と共に、彼らに嫁がせるつもりだったからである。  コウリョに戦死されたら困る。そして、戦える女性なのだと、知られても困る。  ゆえに彼女は、戦場に立たなかった。  しかし、実はシャンルメに負けじと、戦える女性なのであった。  コウリョは深くうなずき 「もちろんです」  と答えた。 「でも、そのかけがえのない友とは、わたしは戦えないかも知れません。それは先に言っておきます」 「ふむ、分かった。今すぐギンミノウとの戦いになる事はあるまいが……コウリョ、しばし休め。しばし故郷の風に触れ、ゆるりと過ごすが良い」  そう言って再び、オオクナリは笑った。  ショークは……いや、マシロカはいつもの薬屋にやって来ていた。  病のマーセリのために調合する薬。そして、シャンルメが飲む、避妊の薬を受け取るためだった。  そこでふと、見知らぬ男を見つけた。薬屋の仲間なのかと、その男をジッと見る。男はマシロカを見つめ、静かに頭を下げた。  これと言って特徴の無い、痩せた男だった。 「新入りか」  と、薬屋の主人に聞いた。 「ああ。最近入ったんだ」  と主人は答えた。主人は 「この薬を飲む人は、良くなってきてるのかい」  とマーセリの薬の事を聞いた。 「ああ。良くなったり悪くなったり……なかなか快癒には向かわぬ。だが、少しずつ良くなっているような気が、俺にはする」 「そうか。他に必要な薬があったら、いつでも言ってくれ」  主人はそう言ってから 「それにしても、随分長い事、避妊の薬を買うなあ。一体、いつやめるのだろうと思っていたが、ずっと買い続けているじゃないか。そんなに子供が出来たら、まずい相手なのかい?」  そんな事を、何気なく聞いてきた。 「俺も色々と反省したのだ。まあ、随分と前の話ではあるのだがな」 「ふむ。何が反省し、随分と前の話なのだ?」 「愛する女の、出産に立ち会った」 「ああ。そなたの子の」 「そうだ。こんなに産むのが大変ならば、万が一にも死んでしまうような事があるのなら、子を作ろうなどと言わねば良かったと思った」  マシロカの言葉を聞き、主人は笑い出した。 「笑い事ではないぞ。俺はその女に、絶対に死んでは欲しくないのだ。むろん、避妊をする理由はそれだけでは無いのだが、だが……俺にとっては、それが一番の大きな理由だ」  そう言い、マシロカは薬を持ち、薬屋を後にした。  その場にいて密かに会話を聞いていた、マシロカにとっての見知らぬ男は、マシロカが去ってから初めて、 「あの僧侶は誰だ」  と薬屋の主人に尋ねた。 「マシロカ殿だ」  と薬屋の主人は答える。 「かつては薬屋だったみたいだ。今じゃ僧侶だ」 「あんなに傷だらけで僧侶なのか?僧兵か?」  と聞いてきた男に対し 「傷だらけ……マシロカ殿が?いや、いつも頭巾を被っているので、傷にはあまり気付かぬが、確かに脱いだら、顔にいくつか傷があるようだな。体にはもっと傷があるのかも知れぬ」  男はしばし黙りこくり 「実は……自分には治癒の能力もあるので……」  と小さく言った。 「ああ。だから、体に傷があるのも分かるのだな」  主人はそう言ってから 「あの巨体だし、顔にも傷があるし、かつてはどこぞの偉い大将だったりするのかも知れぬが、客の事は詮索せんようにしている。マシロカ殿はマシロカ殿だ」  と笑って言った。 「間違いありません」  そう小さな声で鏡の前で、その小柄な男は言った。 「マシロカと言う僧侶、体中に無数の傷があります。そして、背には……無数の傷のため消えかけてはおりますが、天獣らしき彫り物も。あの僧侶はまさしく、ショーコーハバリの世を忍ぶ仮の姿でしょう」  鏡の向こうで、目前の鏡をしかと見つめる老人、オオクナリはうなずいた。 「ああ。我が国では無数の鏡を作り、販売している。我が国の物だとは、悟られぬように全国、全世界にばらまいている。そのうちの1つにあの、ショーコーハバリらしき者の姿が映ったと言われた時は、わたしももしやと思った。そこで、優れた治癒の能力者であるお前に、その薬屋に潜んでもらったのだ」  そう言いながら 「奴が体に無数の傷を持つ事。都に軍事組織を持ち、背に刺青を彫ってある事。掴んでいたのでな」  しばし遠くを見つめるようにして、オオクナリは微かに笑んだ。  むろん、互いに読唇術で語り合っている。 「マシロカとして行動をしているところを、誅殺するのが一番だ。共も誰も連れていないところを狙う」 「しかし、それでも強敵です」 「強敵だし、わたし自身は動きたく無いな。ショーコーハバリに対する情は無いようだが、我が娘コウリョはギンミノウと戦うのを、まだ快しとしないやも知れぬ。そして何より、あの、ジョードガンサンギャに恩を売っておきたい。ジョードガンサンギャは、何としても、どのような手を使っても、そのマシロカを……ショーコーハバリを殺したいであろう」  オオクナリは 「謀略はいい。一兵も失わずに人を殺せる。恩だけを売ってな」  と言って、老獪な笑みを浮かべた。  伏兵。多くの者達を忍ばせるのに、ジョードガンサンギャは苦労をした。関所などを通れば止められてしまう。険しい山道を、険しい獣道を、大変な大軍が、密かに進んでいた。  軍隊を20にも分けて、それぞれに配置し、そのとてつもない10万もの大軍が、密かに集まったところで、その町を襲撃したのである。  その、小さな薬屋をめがけて、とてつもない大軍が動いたのだ。 その日にショーコーハバリが尋ねて来る事を、その男はオオクナリに報告していた。  オオクナリを通して、ジョードガンサンギャは情報を得て、向かって来た。  ショークがいつものように薬屋を尋ねたところに、物凄い数の大軍が押し寄せて来た。  自分を狙って来たのだ。それが分かった。  何故だ。何故、俺が俺だと分かった。  ショークは一瞬、それを考えた。  だが、胸のうちで、その考えを払う。  俺はただの旅の僧侶として、世界中を行き来してきた。特にギンミノウと首都とを、マシロカとして単身で行き来出来た事は、大きかった。  そのために、これだけの成功を手にしたのだ。  それが裏目に出てしまい、襲撃を受け、命を落とすのだとしても、それはもはや、詮無き事だ。  誰かが俺を、俺だと見抜いた。  それが一体誰なのかなどと、考えてもまさに仕方の無い事なのだ。  今するべき事は、シャンルメを巻き添いにしない事。そして、敵を撃ち倒す事だ。  ショークはシャンルメに対し、ただ一言  来るな……!  と言う声を届けた。  そして、覚悟を決めて、その大軍に向かいあった。  ギンミノウは一度も乱取りの被害に遭った事は無かった。ナヤーマ城は確かに鉄壁の守りの城だが、国境付近であっても乱取りの被害に遭わずにいたのは、ただただ周辺諸国が、ショークを恐れたのだろう。ショークによる仕返しを恐れたのだ。  今、ショークのいる、薬屋のあった町は、まさしく乱取りに遭っていた。  多くの軍隊により、市民達が殺されて行く。  薬屋の主人も、その弟子達も、なすすべもなく殺されて行った。闇の刃と闇の波動で相手を殺し、人々を仲間を守ろうとしたが、守り切れなかった。  無数の死骸に自分は囲まれた。  母を殺した乱取りを憎んでいる。  乱取りを憎む思いは、シャンルメよりも大きい。  だが、目の前で自身の国民を、市民を殺され、その胸には、計り知れぬような憎悪が湧いた。  乱取りとはこれほどまでに、許しがたき憎きものであったのか。カイシの乱取りを受けた時の、シャンルメの悲しみは、いかほどのものだったか。  戦いながら、ショークはそう思った。  そう思いながら戦い、そして、覚悟を決めた。 俺の死後はシャンルメを守れ。  その声をショークは、自身の精鋭達に向けた。  1人でも多くの精鋭達に、その声を届けた。  だが、そのシャンルメに対しては……もはや、何も声を届ける事が出来なかった。  来るなと言う言葉以外、何も。  最後の別れなど、言葉に出来る筈が無い。  俺は、諦めてなどいない。  誰が見ても、俺が死すしかなかろうが、それでも、俺は諦めていない。  生きて、生きて、シャンルメの元に帰る。  一番大切な事は、貴方が死なない事。  貴方が生きていてくれるなら、隣にいてくれるなら、それだけで幸せに生きられる。  その言葉を反芻する。  あの娘のために、俺は生きねばならぬ。  あの娘のために出来る唯一の事は、生きる事だ。  この大軍を、俺が1人で倒してやる。  そして、あの娘の元に生きて帰ってやる。  そう彼は決意した。そう決意し、戦った。  腕が千切れ、足が抉れ、信じがたき程の傷を負い、それでも、彼は戦っていた。  シャンルメはその時、賢明にショークに声を飛ばそうとしていた。だが、彼にはその声を受け取るつもりが無いようだ。  こちらからも声を飛ばせないし、彼の声も聞こえない。シャンルメは戸惑い、今までに無い程に取り乱し、呼吸をする事すら困難になった。倒れ伏しそうな程の状況で涙ぐみ 「ショークが死んだら、生きてなどいけない……」  と言った。  その言葉にシオジョウは、彼女の頬を叩き 「貴方には使命がある!そして、お子がいるのです!」  と言った。  今まで何度かシオジョウには頬を叩かれていたが、今回のは特別に、頬にも胸にも痛かった。その言葉に目を覚ましたように 「す……すまない……」  と言ってから、我が子を抱きしめた。  抱きしめて、ただただ泣いた。  泣きながら、我が子に詫びた。 「チュウチャ、この母を許して欲しい。貴方を置いて死のうと考えてしまった。本当に弱き母だ……」  そう、泣きじゃくるようにして、しゃがみ込んだ。  その姿を見ていたトーキャネが 「お館様!おれが総大将を守りに行きます!」  と言ってくれた。 「ミカライ殿やジュウギョク殿に、援軍も頼んでおいてくだされ!」  そう言ってシャンルメに頭を下げ、背を向けた。 取り乱したシャンルメは、キョス城の城下町の、城の目と鼻の先に住むトーキャネを、城に呼ぶ余裕など無かった。シオジョウが彼を呼んだのだ。  泣きじゃくり、取り乱し、生きてはいけないと言う彼女の姿に、トーキャネは一目散に戦場となった町角へと駆けた。だが、足が不自由なために盛大に転び、隣にいる従者に抱えられて、城を後にした。  そして、立派な馬に乗る従者に縄で縛ってもらい、その馬に従者と2人で乗り、多くの兵士達を連れて、戦場へと急いだ。  涙が零れた。悔しさのためだ。  あの男が憎い。本当に憎い。  おれはお前よりもっと早く、お館様に出会った。  そして、お前などより、ずっとずっとお館様を愛している。お館様ただお1人を、一途に愛している。  憎い憎いあの男を、何故助けに向かうのか。  お館様が、あの男を愛しているからだ。  失ったら生きては行けぬと言う程に。  だから、おれはあの男を守る。  あのにっくき男を必ず守る。  そう思いながら、トーキャネは駆けた。  ミカライもジュウギョクもまた、軍隊を連れ、馬を走らせ、町角へと急いで行った。  来るなと言われたシャンルメは、向かう事は出来ずに、シオジョウにも父の最後の言葉を聞きなさいと、強く言われた。  そう言ってから、最後だなんて言ってすみません。父はきっと助かります。3人衆を信じましょう。そうシオジョウは言った。  それでも、しばし時がたち……1万近くの敵の軍隊の死体で、町は覆い尽くされた。その中に、大変な姿になったショークの死体があった。けれども、その首は守られた。敵将の手に渡らずにすんだのだと言う報告を、シャンルメは受け取った。  その死体を運んで来ると、トーキャネから言われた。  最後の別れをして欲しいと。  トーキャネの心の声は、泣いているように聞こえた。  そう言われ、シャンルメは呆然とした。  一体どうすればいいのか、何をどう思えばいいのか、それすらも分からなかった。  どうする事も出来ぬ。もう、どうする事も。  生きなければならない事は分かっている。  でも、神が許してくれるのならば、彼の後を追って死にたい。  そう思いながら、シャンルメはチュウチャをしかと抱きしめていた。  だが、抱きしめられているのは、実はシャンルメの方だった。  チュウチャは、この幼い娘は、母を守るために強く、彼女を抱きしめていたのだ。  本当は後を追って死にたい程に、父を愛している事。それが分かっていた。  彼と出会えた事は、人生の全てだった。  その人と出会えた事は、自分の全てだった。 シャンルメとチュウチャはしかと抱き合い、そして泣いた。  彼と出会い、恋をし、愛し合い、この子を宿した。そうして産んだ。  わたしの全ての幸せは、彼が与えてくれた。  わたしの人生は全て、彼のおかげでありえた。 この子は父親を失ったのだ。  父親のいないこの子を、強い子に育てなければ。  そう思う反面、その人がこの世にすでにいないのだと言う事を、どうしてもどうしても信じる事が、受け入れる事が出来なかった。  その死を聞かされた後でも、あの人がその命を奪われたなどと、とても信じられない。  全てをくれた。全ての幸せをくれた。 泣くまいとしても、涙が零れる。  人の一生は一瞬にして終わる。  終わってしまえば、あっと言う間だ。  つらくとも、苦しくとも、賢明に生きろ。賢明に生きよう。  聖王を目指し、この世界のために生きよう。  そうすれば、きっと、胸を張って彼の元に行ける。すぐにでも行ける。  そう言い聞かせようとも……  胸を切り裂くような哀しみに、彼女は沈んでいた。  愛する人を失った哀しみに、我が子を抱きしめ、その涙を止める事が出来なかった。 ショークの死体が運ばれてきて、シャンルメは泣いた。腕も足も千切れ、顔も体も激しい傷や火傷を負い、それでも戦おうと、両目を見開いていた。  もう戦わなくっていい。そう言いたくて、その目を閉じさせた。  冷たくなった彼の体にしかと抱きつき、そのまま時を忘れたかのように、寄り添うように涙を流していた。  彼を殺したのはジョードガンサンギャだと言う報告を受けた。ジョードガンサンギャの、サイガとシモツァと言う武将が、彼を襲った軍隊を指揮していたのだと言う。  強い怒りが胸に湧く。このような戦い方をして、武将として卑怯だとは思わないのか。  怒りと、そして胸を切り裂くような苦しみと悲しみに、心が支配されていた。  だが……はたと、シャンルメは気付く。 「キョス城にショークがいては、マーセリさんとオオミさんが最後のお別れが出来ない!早くナヤーマ城に連れて行かないと!」  その言葉に人々は慌てた。  大慌てで、シャンルメは冷たくなったショークと共にギンミノウへと向かった。  トーキャネははらわたが煮えくり返るような、怒りを感じていた。  焼けただれバラバラに砕けた遺体を、シャンルメの元に運んできた。その遺体に寄り添うようにして抱きつくようにして、シャンルメは泣いていた。  こんなに醜い姿になっても、それでも愛されているその男に、激しい嫉妬を感じた。  すると何とシャンルメは突然、彼の妻2人に最後の別れをさせるために、ギンミノウに向かうと言い出したのだ。  何故、他の妻の事など気にせねばならぬのか。  本当に腹立たしくてならなかった。  シャンルメに対し 「あの男は共も連れずに町にいたところを襲撃された。護衛をつけてくだされ。おれに護衛をさせてくだされ」  と頼んだ。  シャンルメを守りながら、トーキャネはギンミノウのナヤーマ城へと向かった。  向かいながら、トーキャネもはたと気付く。  お館様はずっと泣き崩れていて、何も口にしていない。何も口にせずに、そのまま半日もかけてギンミノウへと向かおうとしている。  トーキャネは慌てて、手に持つ食料を見た。  いつかシャンルメが手渡してくれた木の実。それに近い物を持っている。  しかし、先ほどそれ以外の、用意していた食料を口にしてしまっていた。  なんで、自分の食料なんか、先に口にしてしまったのか。なんで気付かなかった。お館様が何も口にしていない事を。  そう思い、自分を恥じながら、トーキャネは輿にいるシャンルメに声をかけた。 「お館様。こんな物しかありませんが、口にしてくだされ」  そう言われ、シャンルメは驚いた。 「いや……その……確かにずっと何も食べていない。とても食事など出来なくて……」  そう言う彼女に 「食欲が湧かずとも食べてくだされ。お館様は生きておられる。生きるという事は、食うという事でもあるのです」  そう強くトーキャネは言った。  それを口に入れると、やはり涙が零れた。 「ありがとう。トーキャネ」  泣きながら彼女は、そう言ってくれた。  だが、ギンミノウへと向かう最中に、ショークの死体はほとんど黒く変色してしまった。その死体が、まるで焼け焦げたかのように、黒くなってしまったのだ。  おそらくは彼の闇の波動や、闇の刃による攻撃を、彼自身の体も受けていたのだろう。それにより徐々に黒く、変色してしまったのだった。  そのため輿から降りる時、シャンルメは取り乱して泣いていた。  半日かけて隣国に来る間に、彼の体はほとんど黒く変色し、顔も分からなくなってしまっていた。  これでは、2人の妻が悔いのない別れなど出来ない。  そう言い、彼女は泣いていたのだ。  オオミに会い、シャンルメは泣いて謝った。  本当に申し訳ない。わたしのところへでは無くて、すぐにナヤーマ城にショークを連れて来てもらうべきだった。最後のお別れをするのに、彼の顔ももう、分からなくなってしまった。  そう泣きじゃくるシャンルメに 「何を言うのですか!」  と言い、オオミはシャンルメを叱った。  首が取られてさらし首にされたなら、いざ知らず。  最後のお別れが出来ないくらい、武家の妻なら覚悟は出来ている。  そんなに泣いてどうする。貴方もしっかりしなさい。  そう叱られたのだ。  シャンルメは涙を賢明に止め、オオミに対し、深く頭を下げた。  オオミの隣に座っていたイツメは涙ぐみ、黒く変色したショークにそっと近づき 「信じられない……父上が亡くなるなんて……」  と言った。  やはりイツメはショークは、死なない父だと思っていたのだろう。  悲しんでいるのは、わたしだけでは無いのだ。  その悲しみを、皆、堪えているのだ。  それを改めて、シャンルメは思った。 そんなに泣いてどうする。しっかりしろ。  そう自分に言い聞かせる。  先ほどオオミに、言われた言葉だ。  そして、病に眠る、マーセリの元に行った。  マーセリはシャンルメにぼんやりと目を覚まし 「お嬢さん……」  と小さく微笑んだ。 「マーセリさん……」  シャンルメはマーセリを見つめ 「ショークが……ショークが亡くなりました……」  と言った。  その言葉にマーセリは驚いて 「旦那様が?」  と返した。 「そう……」  呆然と宙を見つめ 「わたしをお城に呼んだのは、わたしを看取るつもりだったんだと思う。それなのに、先に亡くなってしまうだなんて……なんだか、あの人らしいわ。大変な人生を歩んで来たものね。きっと、あの人らしい最後だったのでしょう」  と涙ぐみながら言った。  本当に、彼の2人の奥方様は、ちゃんと覚悟が出来ている。  出来ていなかったのは、わたしだけだ。  何と言う情けない事だろう。  そう思い、シャンルメは廊下に出てから、悔しさに零れそうになる涙を、堪えた。  ショークの遺言を読んだ。  俺の死後はナヤーマ城はシャンルメの居城とする。シャンルメがこの城の城主となるように。  ギンミノウと言う、その国も譲る。  ギンミノウとイナオーバリは1つの大きな国となる。その国の名はシャンルメに任せる。  そして、俺の精鋭達は皆、シャンルメを守れ。  葬儀は妻達と子供達だけで、静かに執り行ってくれ。  ただ、それだけが書いてあった。  彼の精鋭達が、ナヤーマ城に集まって来た。集まった精鋭達は、俺の死後はシャンルメを守れと言うその声を授けられ、ショークが戦っているのを察した。声を飛ばされた場所から、その町角である事が分かり、彼らも軍を挙げ、ショークを守りに向かった。  だが、たどり着いた時には、彼は死体となっていた。その死体はショークを愛するシャンルメの元に連れて行きたいと言う、トーキャネの言葉に従った。精鋭達もそれが良いと思ったのだ。  彼らも、ショークの遺書を読みたいと言った。  ゆえに見せた。  精鋭達は涙ぐみ、やがて微笑み 「貴方の名前だけが、何度も出てくる。貴方がどれだけ特別な存在だったかが分かる」  とシャンルメに言った。1人の若者に 「この精鋭達を代表して問います。貴方は女性なのでは無いのですか?彼の妻なのでは無いのかと思う」  そう言われ、シャンルメは言葉に困った。  どう返していいか分からず、困っていると 「沈黙も答えです。そうだとは簡単には言えぬ事なのでしょう。固く秘密にしてきた筈だ。我々もそうします。しかし……あの人の愛する方を、これからは守る。それは我々の誇りです」  そう精鋭の若者は言った。  精鋭達は皆、シャンルメを見つめ、微かに笑っていた。彼らもショークを心から慕い、彼と共に生きたい。彼を守って死にたい。そう思っていた人達の筈だ。  皆強い。弱いのはわたしだけだ。  そんな風にシャンルメは思った。  チュウチャの手を引き、シオジョウとトヨウキツがそこにいた。彼女達はショークとシャンルメに遅れ、ナヤーマ城に来ていたのだ。  シャンルメの邪魔にならぬように、今まで少し行動を別にしていた。  チュウチャは泣いていた。  シャンルメを見ながら泣きじゃくり、やがてシャンルメの胸に飛び込んで来た。  そして小さく 「泣かないで、母上」  と言ったのだ。 「泣いているのは貴方じゃ無いの。わたしは今泣いていないよ」  そう言いながら、シャンルメは娘の髪を撫で、強く抱きしめる。そうしながら……泣いていないと言った筈なのに、涙が零れてしまった。 「わたしは弱い。本当に弱い。こんな弱い母上で、ごめんなさい、チュウチャ……」  そう言いながら、2人はしばし抱き合っていた。  先ほどの木の実を口にしてなかったら、倒れていたかも知れない。それ程に、シャンルメは疲労困憊していた。どれだけ自身が疲れ、そして、やつれているのか自覚が無かった。  オオミに、貴方は食事を取っているのかと聞かれて、先ほど部下から木の実を渡された。と返した。  そんな物が食事のうちに入りますかと怒られ、口にするように言われ、食事が運ばれて来た。  とても口にする事が出来ない。生きる事は食う事だとトーキャネが言っていた。  まるで、生きる事を拒んでいるかのように、何も口にする気力が湧かなかった。  その母の姿を見て 「食べて、母上!わたしも食べるから!」  そうチュウチャは言って、賢明に食事を口にした。  その姿を見て、シャンルメは泣いた。  娘の愛情をしかと感じたのだ。  この娘を守るために、わたしは生きなければならない。そう強く言い聞かせ、何とか食事を口にした。  そして、葬儀の準備が出来たと声をかけられた。  病のマーセリをしっかりと支え、3人の妻で彼の棺に花を摘めた。花を摘める事など、彼は望んでいないかも知れない。そうどこかで思った。  でも、3人で静かに彼に別れを告げた。チュウチャやイツメ、子供達も静かに彼に、別れを告げた。黒く変色した、彼の死体は燃やされて行った。  彼と共に燃やされたい。  シャンルメはそう思った。  彼は死した後は、煉獄の炎に焼かれに行くと言っていた。わたしも、彼と共に煉獄の炎に包まれ、灰も残さずに消え去りたい。彼と共に死にたい。彼と共に消えたい。  だが……わたしには愛する子供がいる。  そして……使命があるのだ。  彼から受け継いだ使命だ。この世界を守る聖王になる。その使命を達成せねばならぬのだ。  そう思いながら、高く高く上る煙を、見つめていた。 ショークが死したその時に、都は大きく動いた。  ショークの指揮する軍事組織が内部分裂を起こし、他の組織との抗争もあり、今までのような、まるで都の裏社会を、支配するような組織では無くなった。  大屋敷の人々はショークの死を知らされ、その屋敷を一目散に後にしていた。  襲撃を受ける前に、彼女達は逃げおうせていた。  その知らせを受けた時に、マーセリと共にほっと息をついた。  あの屋敷にいるのは、ほとんど女性達だ。  死なせたくないと思っていた。  彼女達は助かったのだ。  だが……それ以上に、都には大きな動きがあった。  もう、邪魔をする者はいないと、ヨシチョウケイは将軍ギトウテルを殺したのである。  その死をハッキリと知らされない限り、ギトウテルを殺す事は憚られたようだ。ショーコーハバリが次は大義を手に、逆賊だと言い、自分を殺そうとして来ないとも限らない。そのように思っていたのだ。  ショーコーハバリに、ギトウテルを殺す事を阻止される以上に、ギトウテルを殺した事を攻め込む理由とされる事が怖かった。  あの男がどれだけ強敵かは分かっていた。  その、ショーコーハバリが死んだ。  対決をする前に死んでくれた。  その事に、ヨシチョウケイは深く喜んだ。  そして、傀儡として生きて構わぬと言ってくれた、ビシュエイと言うギトウテルの弟を、次期将軍として立てた。この弟は唯一の困ったところは病弱であった事だ。その時も病を患っていた。だが、将軍を傀儡として扱い、天下人として名を馳せる者。その者の元で、名だけの将軍として生きたい。なんと、そう口にした男なのである。  そのように言われ、ヨシチョウケイは驚いた。この男の下に幼い弟がいたが、その幼い弟を立てるよりも、この男を立てるべきだと、彼は判断した。  ヨシチョウケイは時に、天下人と言われていた。  広くこの世界を支配している訳では無い。  本物の天下人などとは言えぬのだが、都で将軍を意のままに操れれば、天下人だと言う者もいるのだ。  このまま天下人として名を馳せる事。  天下人として生きる事。  それを彼は望んでいた。  だが、ギトウテルには子がいたのだ。  未だ幼い、嫡男がいた。  ギトウテルを殺す時、同じ城にいる、この嫡男の命も奪う筈だった。だが、この嫡男だけはと、ギトウテルはその子を部下達に頼み、脱出させていた。  父と共に葬る筈だった子。  父の敵として、自分を憎んでいるに違いない。この者を立てて、刃向かう者がいないとも限らぬ。  その嫡男を、早く殺してしまわねば。  殺すための刺客を放ち、嫡男を追った。嫡男を殺したと言う、知らせが来るのを待った。  だがヨシチョウケイの元に、望まぬ知らせが届いた。 ギトウテルの子、ニニギアキはエチクインへと無事逃げ延びた。部下達と共に、エチクインにたどり着き、ヤシャケイに保護されたと言う。  何と言う事だ。  そう思いながらも、そこまでは焦らぬ。  ヤシャケイと言う男。名門の生まれだとは言うが、今までの戦いぶりなどを見ると、戦や謀略などは得意としていない。  そんな男、倒せるであろう。  ヨシチョウケイはそう思ったのであった。  そしてその時、シャンルメの元にヤシャケイから文が届いた。  実は、将軍の子を保護した。  部下達は将軍の子を手に、天下人となれなどと言ってくるのだが、俺には荷が重い。  そなたなら、この子供を守り、良きように計らってくれるのでは無いか。  そのように思い、文をしたためている。  そのヤシャケイの言葉に、シャンルメは文を見ながら深くうなずいた。  悲しみに沈んでいるばかりではいけない。  聖王とならねば。天獣を呼ばねば。  その運が、向こうからやって来ている。  絶対にその将軍の子をお守りし、都に連れて行かねば。新たな将軍として立てねばならぬ。  そう決意し、シャンルメはエチクインへと向かった。  シャンルメの娘チュウチャは8歳になっていた。  ギトウテルの子ニニギアキは11歳だと聞き、シャンルメはエチクインに、チュウチャも連れて行った。チュウチャを連れ、ニニギアキに会わせようと思ったのだ。  さほどの深い考えでは無い。  あと数年で、戦場に立つ我が子。  次期将軍に顔を合わせるのも、多分いい。  そして、その次期将軍も、歳の近い我が子を連れて行った事で、心を開くやも知れぬ。  そのくらいの考えであった。  将軍の子を守るための軍隊を率いた。シャンルメを守ると誓っていたショークの精鋭達を連れ、シャンルメはエチクインへとやって来た。  トーキャネ、ジュウギョク、ミカライ達は、それぞれの城を守らせていたのである。そう、トーキャネはキョス城の守りについてくれていた。城持ちになりたくない。そう頑なに拒んでいた彼だが、いつしかキョス城の主のような立場に、置かれつつあった。  キョス城とナヤーマ城の城下町を、彼は行き来した。シャンルメ本人もナヤーマ城とキョス城を行き来する身になったからである。  ヤシャケイの城に、シャンルメとチュウチャはやって来た。相変わらず華やかな、どこか上品な印象を受ける内装の城だった。 その城の、奥へと案内された。  こんなに城の奥へと入ったのは、初めての事だった。  ヤシャケイに向かい 「お久しぶりです」  とシャンルメは頭を下げた。  チュウチャも深く頭を下げる。 「ああ。そなた達と会うのは、食事会以来だな」  とヤシャケイは笑い、ニニギアキの元に2人を連れて行った。  ニニギアキは、利発そうな美しい子供だった。しばし驚いたような顔をして、ジッとシャンルメとチュウチャを少し呆けたように見つめ、それからヤシャケイの方を見て、 「すみませんが、席を外してください」  と言った。  何故自分が席を外さなければならないのかと、聞いたヤシャケイに対して 「どうしても、この方に聞かなければならない事があるのです」  とニニギアキは答えた。  納得のいかないヤシャケイは廊下に出たところで、耳をそばだてていたのだが…… 「そんなところで聞いていないで」  とニニギアキに言われ、しぶしぶ退散した。  シャンルメとチュウチャとニニギアキ、その3人になったところで、ようやくニニギアキは 「貴方は女性ですよね。この娘さんは貴方が産んだ子ですよね」  と言ってきた。  驚いて、シャンルメは目を見張った。 「どうして……」  と聞くと 「わたしには真実を見抜く目があります。目と言うのとは少し違う。心の目と言うのですかね」  そう言って、ニニギアキは笑った。 「幼い頃からでした。だから父はわたしは偉大な神と契約し、戦場に立てる者になると喜んでいました。しかし、わたしは戦える神との契約を望んでいませんでした。そのような力はいらないと考えていたのです。父はその事を嘆いていました。しかし、それがわたしには不思議でした」  そこまで言い、ニニギアキはふっと遠くを見つめ 「何故、将軍が戦場に立たねばならぬのでしょう。将軍と言う存在には、戦場に立つよりも、真実を見抜き、謀略に巻き込まれない事の方が、ずっと重要です。父には何故、それが分からないのか。そんな風に思っていました」  そう言いながら、再び笑みを浮かべた。  その笑みをしかと見つめながら 「人払いをしてくれて、本当にありがとう。確かに貴方の言う通りです。このチュウチャはわたしの産んだ子供です」  そう言ったシャンルメに、ニニギアキはふと真顔になった。 「貴方は天獣が、この国に現れなくなった理由を知っていますか?」  と聞いてきたのだ。 「知りません。それには理由があるのですか?」  そう問い返したシャンルメに 「我が一族に、天獣が現れぬよう、呪いをかけた者がいると聞いています。我が一族が滅びぬように。我が一族が滅びぬ事だけを望み。そのため、この世界は大変な乱世に陥った。そして、どれだけ乱世に陥ろうとも、新たな聖王は現れない。それを聞いた時、わたしは我がムロマ一族を、恥に思いました。何が将軍家かと思ったのです」  そう言いながらニニギアキは涙を流し、 「この乱世を止めるために、わたしに力を貸してくださいませんか。一族は滅びても構いません」  と言った。ニニギアキの手をしかと握りしめ 「はい。貴方と共にこの世界を救うために、持てる力を全て尽くします」  そう、シャンルメは心から誓った。  後からシャンルメにチュウチャは 「将軍の子かあ。なんだか、本物の王子様って感じがしたなあ」  などと嬉しげに言っていた。  確かに利発そうな、美しい子供だった。  だが、それよりも言っていた言葉が気になる。  天獣が現れないようにかけた呪い。  それはどのようなものなのか。  その呪いは解けるのだろうか。  シャンルメはただただ、それを考えていた。  アミタユオシとサンジュンの兄妹は、その日、久しぶりに会った。  兄に久々に会った妹は、少し深刻な顔をして 「わたしは離縁されてしまいます」  と言ったのだ。その言葉に驚き 「どういう事だ」  とアミタユオシは言った。 「ハルスサ殿は、ジョードガンサンギャを憎んでおられます」  そう言ったサンジュンに 「憎まれるような事はしていない!」  とアミタユオシは強く言った。  サンジュンは、ふうと小さくため息をつき 「ハルスサ殿、あの方はですね……女よりも男の方が好きな方なのですよ」  と続けた。その言葉に 「衆道家なのか?カゲヨミがそうだとは良く聞くが、しかし、衆道家だとは言え、お前とは夫婦でいられるのだろう?」  そう言い出した兄に 「そう言う事では無くって」  と妹は言った。 「衆道家と言う意味では無くって。女よりも……妻や妾よりも、部下や宿敵を、愛する人なのです。特に、宿敵への思いは強い。戦う相手に惚れ込んで、愛する人なのですよ」  そう言いながら、また1つ息をつき 「ショーコーハバリをあのように殺した事。彼はとても怒っています。あのような殺され方を、しなければならない男では無かった。そう言って、とても怒っています。人目もはばからず、涙を流した程です」  そうサンジュンは続けた。 「待ってくれ。戦っている相手では無いか。倒した事を感謝されてこそ、だぞ。何故怒られなければならないと言うんだ」 「だから、宿敵に惚れ込む人だと言っているでしょう。それに、戦う事が好きな方でもある。そこに美学を求める方でもあります。あんな卑怯な戦い方をする組織の娘とは、離縁したいと思われているのですよ」 「そ、そんな事を言われても……」 「正直、彼の……ショーコーハバリの首が奪えなくて、良かったと思ってください。もしも彼の首がオウサイ城にさらし首にされていたら、俺は誰が止めようともオウサイ城に攻め入った。と言っているのですよ。ハルスサ殿は」  そう言われ、アミタユオシは愕然とする。 「武家にはそのような人もいるのです。わたしもハルスサ殿と触れあって、様々な事を学びました。わたしの事は、気に入ってはくださっていたのですよ。だから残念ではありますが……わたしは教団に出戻る事になりますので、よろしくお願いしますね」 ハルスサとサンジュンが離縁した。  その報告を聞き、シャンルメは驚いた。その理由にも驚いた。  ショーコーハバリ殿は、あのような殺さ方をされるような男では無かった。  正々堂々と戦わずに、あのような無念な最後を迎えさせた。到底許せぬ。そのような組織と、同盟を結んでいる訳にいかぬ。  そう言って、離縁したと言うのだ。  その言葉を聞き、部下達は、いやはや、恐ろしい相手が恐ろしい相手と同盟を結んだと思っていた。同盟が破棄されて本当に良かった。と喜んでいた。  シャンルメはそれ以上に、ハルスサの事を……少し好きになった。  ショークの事をそんな風に思ってもらえたのが、とても嬉しかったのだ。  ジョードガンサンギャとハルスサが同盟を結んでいる限り、カゲヨミと連携をしても、戦うのは困難であっただろう。  その同盟が破棄された事、本当にありがたい。  ありがたいが、それ以上に……ハルスサと言う男はもしかしたら、いい人なのかも知れないと、シャンルメは思っていた。  将軍の子ニニギアキをエチクインからギンミノウへと連れてきた。  いや、国名を変えた。  ギンミノウとイナオーバリは1つの大きな国になる。その国の名はシャンルメに任せる。  それがショークの遺言だったからだ。  アチズと言う名を、その大きな国に名付けた。  神々に祝福された土地。そのような意味を持つ名だった。  ナヤーマ城を見て、ニニギアキは 「鉄壁の守りの城である事が、城に詳しくないわたしにも良く分かります」  と言った。 「貴方は天下人を目指し、どのように戦うつもりなのですか」  そうニニギアキに聞かれ 「とりあえず、都に貴方をお連れしたいが、都は敵の本拠地でもある。ヨシチョウケイと戦い、彼を倒し、この城に負けぬ程に、貴方を守れるようなお城を建てなければ、都には入れない。貴方をお連れする前に、ヨシチョウケイと戦います」 「はい。しかし、ヨシチョウケイは貴方にとって、宿敵と言えるような存在では無いのだと思います。貴方の宿敵は、誰になりますか?」  そう聞かれシャンルメは静かに 「ジョードガンサンギャ」  と答えた。 「ジョードガンサンギャが、愛するわたしの夫を……チュウチャの父親を奪った。憎しみに近いような感情が、全く無い訳ではありません。あの人を奪われた悲しみに、心が切り裂かれそうになる事が、今でもたびたびあります。どうして良いのか分からなくなる程、苦しくなる時もある。でも……わたしは憎しみから、ジョードガンサンギャを撃ちたい訳では無いのです」  そう言って、静かにニニギアキを見つめ 「貴方はこの城を、鉄壁の守りの城と言った。そう、ジョードガンサンギャも、鉄壁の守りの城を持っている。サカイのオウサイ城です。ショークはサカイのオウサイ城を奪いたいとたびたび言っていた。その城を奪い、その城の守りをさらに強固にする、と。サカイは経済の中心と言ってもいい国。そして、それ以上に貿易の中心でもあります。あれだけ貿易が出来ると言う事は、裏を返せば、攻め込まれやすい事でもある。世界各国、海の向こうの遠い世界とも繋がれる国なのです。長所とは短所でもある。その国を手中に収めるためには、鉄壁の守りの城と、同時に手中に収めなければならない。わたしはオウサイ城が欲しい。オウサイ城を手に入れるために、そのために戦う相手。ゆえに、ジョードガンサンギャはわたしの宿敵なのです。そのように思っています」  そう言ってからシャンルメは 「実は……もう1つあります。オウサイの城……いえ、オウサイの土地を手に入れたい理由が。ショークにも話してはいなかった、わたしの悲願です。オウサイと言う土地を手に入れたい。城と土地、それを手にするため戦う相手。それがジョードガンサンギャです」  その含んだ言い方に、気にはとめず、ニニギアキは深くうなずいた。深くうなずき、微笑んだ。 「分かりました。わたしは将軍の子であると言う、名しか無い。実が無い。そう、権威はあるけれど、力が無い。でも、そんなわたしでも、手中に収めていれば、貴方の覇道の役には立ちましょう」 「貴方をお守りするために、全力を尽くします。一族は滅びても構わぬと言う程に、国と民を愛する貴方を、必ず将軍にしてみせます」  そう、シャンルメはニニギアキに固く誓った。  この子を将軍にする。  それは新たな、大きな一歩になるだろう。  必ず、成し遂げねばならぬ。  彼を見つめながら、シャンルメはそう思っていた。  あとがき  ショークと言う人物は、書き始める時に 「多分、3話か4話くらいで、亡くなるんだろうな」  なんて思っていました。  7話まで生きているなんて、驚きです。  気がついたら、物凄く強い男になって、そして魅力的な人物になって、とても簡単には、死なせられない人物になってしまいました。 それでも、死なせるのは止めようみたいな事は……まあ、思わないで描いていました。  ファンのような気持ちで読んでくださっている方が、ショークが亡くなるなんて酷い!と、おっしゃってくださるかも知れないなあ、と思いながらも。  それでも、この人物は第1部のラストで、亡くなる事にしようと、そう思っていました。  今回、戦闘シーンは無いのに、オオクナリが謀略で大活躍。まさに謀略の塊。  タカリュウが死ぬように仕向けておいて、コウリョに微笑みかける。何て言う怖いお爺さん。  オオクナリは、沈着冷静でとても冷血だけど、どこかに優しさを感じられて、それが余計に怖い。みたいな人物にしたかったので……  まあ、良い感じに描けたかな、と思っています。  オオクナリって毛利元就なんです。毛利元就はまさに、謀略の塊って人物ですよね。この人の「人の心を操るやり方」って、本で読むとホント凄いんですよ。だから、そんな風に描きたくって。  で、ハルスサとカゲヨミは誰が見ても、武田信玄と上杉謙信ですよね。  シャンルメとショークがですね、元の人物の面影があんまり無い。  ショークは元の人物が好きすぎて、パワーアップしすぎた。シャンルメは理想のヒロインに描きすぎて、元の人物の面影が皆無。  でも……分かる方には分かるだろうし。  で、誰なんだろ、って思っている方がいたら、誰なのかと思いながら、楽しんでいただきたいな。 次回から、第2部になります。  そう、この作品は2部作なのです。  戦乱の中で戦う物語なので、時に大切な登場人物が亡くなってしまいますが……  ショーク、本当に本当に、わたしも大好きでした。  ショークを描けて幸せすぎる。  それが口癖になるくらいでした。  ショークとシャンルメの物語が描けた事。本当に心から感謝しています。  ショークは亡くなりましたが、物語はこれからが本題と言う感じに続きます。  実は、この7話を発表するタイミングで……  ウェブで発表していても、どこどこで発表していますと言っておけば大丈夫な賞に、送る事にしました。  1話から3話の途中まで。シャンルメとショークのキスシーンまでで、まとめてみました。  そもそもは、エブリスタ小説大賞に出そうと思って、エブリスタで発表したのですが……  自分の作品が合っている賞がなかなか無く。  また、新人賞は一発勝負。本当に本当に慎重に送る賞を選ばなければならないよ。と言う意見も聞き。  いつ自分に合っている賞が、エントリーを開始するか分からない、エブリスタの賞よりも……違う賞に狙いをつけて、しっかりと前々から計画を練っておいた方がいいのかな。と思いました。  そこで、弟が「ウェブで発表していても送れる賞」を見つけてくれたので、そちらに送るのを、目指してみる事にしました。  宝くじも買わなきゃ当たらない。  チャレンジはしなきゃ、絶対に成功しない。  受賞は難しくても、何かの賞に選ばれるなんて夢のまた夢でも、送った事をキッカケに書籍になったら、本当に嬉しいなあと思って……  実は8話からは「8話」と言う形じゃ無く。「4巻」と言う形で執筆しています。  そう1話から3話の途中で1巻。  3話の途中から5話のラストで2巻。  6話と7話で3巻です。  そう言う形で本に出来たなら、どうやら全5巻になりそうです。  ちなみに、本の形にしようとしている、1巻と2巻。そう、賞に送った物語。このエブリスタで発表しているものと、若干違います。  例えば、子育てシーンが増えました。2巻部分。  増えたために、またボロが出てないか、心配ではありますが……政治シーンに負けない子育てシーンにしようと思いました。  まあ、2巻は勿論、賞には送らないですけど。  そして……何よりも、一番変わったのは「シャンルメの年齢」です。  そう、エブリスタで発表した物ですと、最初シャンルメは14歳。ショークと結ばれる時は16歳。  こちらが「最初16歳の結ばれる時18歳」に変わっています。  歴史物として考えた時、そんなに不自然な年齢じゃ無かったと思う。エブリスタで発表した物も。  でも、不自然じゃないからって、今女性の結婚18歳だし。多くの現代の方々が「この年齢差は犯罪」とおっしゃるに違いない。少しは犯罪じゃ無い年齢にしないと。みたいに思ったのです。 「生理が始まるのが遅すぎる問題」が生じてしまったのは、まあ、仕方が無いですね。  他にもあちこち、色々と手直しをしています。  さて。4巻と言う形で執筆しているこちら。  本の形で皆様にお届けできたら、本当に嬉しいなあと心から思っています。  いつかはきっと、皆様に続きをお届けする。  ガンダムの物語も多分、いつかは。  とりあえず、未来を信じて。  出来れば8話では無く、「4巻」でお届けしたいので……少しだけ、状況が変わるのを、待ってみようと思っております。  可能性は少なくても、信じてかけてみたい。  そりゃあ、うまくいかなくって、今執筆中の物も、またエブリスタで、細々と発表する可能性も、もちろんあるんだけど。  最初から諦めちゃったら、駄目じゃ無いか。  きっときっと、うまく行くんだと。  可能性を少しでも、信じてみようと思っています。  ただ、大好きなリゼロも「小説家になろう」でも発表しているし、「本にしましょう」とお声かけていただいても、エブリスタで発表する事もあるのかしら。そこんところはどうなんだろう。  ……って、本になりませんでした。って、エブリスタで続き発表する可能性が、一番大ですけど(笑)  ただ、しばらくですね、賞に送った物がどうなるのか、様子を見ながら、4巻を書いていこうと思っています。今書きかけの、書き始めた状態の4巻。少し続きの発表に時間がかかると思う。どちらにしても、エブリスタで発表するんなら、多分、4巻として書いた物を、8話と9話で分けるだろうなあと思っています。  そんな訳で続きは、少しお待たせするかも知れません。自分なりに、出来る限りの前進をしてみたいと思っています。とにかくやってみよう。みたいな気持ちです。可能性は少なくても、いつかはキッチリ形にしたいです。形と言うか、本に。ですね。  これからも、見守っていただけたなら、とっても嬉しく思います。お付き合いいただいている方々に、本当に、心から感謝しています。
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