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本気の恋に落ちたら見える世界が変わるよ、と友達が笑って言っていたが、どんな相手とつき合っても見える世界は全く変わらなかった。
いま思うと、自分の嗜好と相手とがマッチしていなかったのかもしれない。
担任ではないけれど、主要五科目の教科だからキミとはわりとよく顔を合わせる。
五十分間、じっと教壇に視線を向けては熱心にノートを取る。
たまに、前の席へ座るクラスメイトから話しかけられ、毅然とした態度で拒否をするけれど、それでも時々は話に乗って年相応に相好を崩す。
キミの行動は、キミの性格そのものなのだろうかといつも独り想像して、もっと色々キミのことが知りたくなって落ち着かなくなる。
教壇に立っていると、キミの斜め四十五度顔を持ち上げている姿を眺める時間がいちばん長いけれど、違うキミの姿も実はよく見ている。
窓際の、カーテンが風に揺れると背が高すぎるせいで、整った顔が隠れてしまう席に座っていること。
四月の頃は退屈そうにあくびをしていたけれど、この頃は授業に集中するようになったこと。
今どきの若いアイドルみたいに細身の身体なのに、実は見かけによらず筋肉があって、クラスの女子たちに頼りにされていること。
ヘアワックスでゆるふわにアレンジしている長めの前髪が、時折セットされていないこと。
オシャレには敏感そうなのに、わりと眉はボサボサであること。
いつもテストでは百点に近い点数を出すのに、めずらしく赤点を取って補習になり、補講日にこれ以上なく落ち込んでいたので、思わず心配になってほかの生徒には内緒で差し入れを渡してしまったこと。
傍によると陽だまりの香りとともに、シトラスの少し背伸びをした香りが、優しく香ること。
そして授業中、時々熱っぽい視線がキミと絡むこと――。
教壇に立つことが天職だなんて今までとくに意識したことはなかったけれど、知らない間にキミが僕の心を盗み、周りに流されながら生きてきた世界に、キミという主要な登場人物がもうひとり増えていた。
だから傷ついた顔をして全力で止めてほしい。
突然、僕の左手の薬指に燦然と現れたそれは、どういう意味なのですかと。
もう少し早く、キミに出会えていたらどんな未来が待っていただろうか。
キミのことが、好きだ。
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